【彼女のヒミツ】
「ここ良い?」

良し悪しの判断も待たずに、声の主は里子の隣りの席に坐った。

里子はこの人物を見て、食事の手を止めた。あきらかに戸惑っている。

中尾はその人物をもちろん知っている。

同じクラスの沼田かず美。例の事件の首謀者だ。

かず美は「二人付き合ってんの」と訊いてきた。視線は中尾に向けられている。

「友達だよ。とびきりのな」

中尾は茶をすすりながらせ答えた。トンカツ定食はすでに食べ終えている。

かず美は「とびきりってなに?ウケるんだけど」と笑いながら答え「じゃああたしも森永の友達になっちゃっおっかな」

かず美は里子を見て

「森永もあたしと友達になりたいよね?」と訊いた。

里子は少し逡巡した後、うなずきで自分の意志を示した。

あはっ、と笑い声を上げたかず美は

「森永はいつも一人だもんねー。いいよいいよ、友達になったげる。いまから森永とは親友ね。森永超うれしぃっしょ」まくし立てるような早口で喋った。

中尾はいつになく真剣な面持ちでかず美を見つめている───

「中尾くんてかなり男前チックだよね」

二年に進級して間もない頃、沼田かず美は中尾にそう声をかけてきた。

「サンキュー、沼田かず美ちゃん」

中尾に笑顔でフルネームで呼ばれたかず美は、体全体で喜びを表現した。

それから毎日中尾に付きまとうようになったのだ。

沼田かず美という女は非常にわかりやすい性格である。

中尾とやたら二人きりになりたがり、いつも彼を観察し、他の女と楽しく会話をしていると、たちまち不機嫌な態度をとる。

「ちょっとぉ、あたしたちって超気が合わなくない?」

「彼氏マジほしいんだけどさぁ」

「ひょっとしてあたしのこと好きとか?」

「なんだったらあたしと付き合う?みたいな?……あはっ、冗談だって、一瞬マジな顔してなかった?かなりウケるし」

会話の節々に愛情の変化球を投げてくる。

意中の相手に数々の愛の台詞を濁して伝え、『好きだ』とか『付き合うか』という台詞を待つのだ。

直接愛を告白すると、相手は付き合うか否かの二択に迫られる。


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