【彼女のヒミツ】
礼二の動きの止まったことに気づいた進藤が、彼の視線を追った。その先のかず美と里子を見ると

「沼田の野郎とうとう森永しかいなくなったみたいだな」鼻で笑うその姿は、汚いものでも見ているような感じだった。

進藤の言葉を聞いた福沢が、あいつ人間として終わってるしね、とつけ加え、かず美に軽蔑のこもる視線を送った。

「沼田がどうかしたの?」

二人の反応を訝しんだ礼二が訊いた。「あいつ、うちのクラスの女子から総スカン食らってんじゃん。かなり嫌われてるみたい。売春してる噂もあるしな」進藤がいった。

「あんなブスを買うオヤジの気が知れないね。いずれにせよ名誉ある俺たちの学校の面汚しだよ。退学して欲しいよほんと」福沢が顔をしかめて言った。

他人の事情に関心を持たない礼二は、かず美が現在そんな状況だったとは全く知らなかった。

普段の彼なら沼田かず美の現状など興味なさげに流すのだが、

森永里子と一緒にいる姿を見てしまったことで、沼田かず美とはどういう女か気になり、進藤と福沢にそれとなく尋ねた。

進藤は他人の事情にやけに詳しかった。

前に突出た歯を何度も舌で舐め、一つの質問に尾をつけたように饒舌な喋りを始める。

福沢は受け売りであろう言葉を、進藤の会話の節々につけ出すように話した。

他人の生活や情事に、ことおかしげに興味を抱き、詮索する人間を礼二は侮蔑している。

校内では、他人の不幸ネタなど、些細なニュースが電撃的な速さで広まる。

異国で子どもが地雷を踏み、片足を失った事情よりも、身近で誰々が付き合っているとか、あの娘が妊娠した話や、肉欲の話題を論じることのほうが興味あるのだ。

礼二はそんな同級生をみていると、業の哀しさと空しさを感じる。

教室に向かうまでに、沼田かず美について得た情報は数多く、その全てが人間失格の判を押すような内容であった。


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