【彼女のヒミツ】
里子の自宅に招かれたこともあった。彼女は一人娘。

父親は有数な地主で画家だ。父親は画家と聞いた時、里子の絵の才能の理由が、玲には漠然と理解できた。

父親の絵の方は全く売れなかったらしいが、暮らしに影響を及ぼさないのは、生活環境を見れば考えなくてもわかった。両親と娘の三人に、この邸宅は広すぎるように感じた。

里子の母親は病気だった。常に看護士が隣りに付き添っていた。里子から癌と教えられた。リンパ線にまで転移しているので、永くないと玲は聞く。玲は当時、里子にかける言葉が見つからなかったのを覚えている。

父親とは何度か挨拶を交わしたことがある。会う度に洒落た着物を着こなし、厳格な印象を受けた。スッと通った鼻筋が、里子と重なり合い、彼女は父親似だと感じさせた

なぜか里子は、父親の話になると、まるで恋人のことを話すかのように、楽しい気分で満ちあふれていた。思春期を迎えた少女にしては珍しいな、と玲は思っていた

中学二年の冬、里子に母親が死んだと告げられた。だが里子に悲壮感は見られなかった。母親の死は覚悟していたのだろう

里子の母親の生前、玲は幾度も親孝行をみていた

「お母さんと温泉旅行に行けるんだよ。最後の旅行かも知れないから──」

哀しげな表情で語る里子を知っている。できる孝行は全てやったのだろう、と玲は思った

中学三年になり、受験生という立場となった

里子は以前より明るく陽気になった。よく父親の話をする。カッコいい先輩や同級生、芸能人などに全く興味を示さず、父親の話題が多かった。父と娘の二人三脚、うまくいってるのだと羨ましく思っていた

その頃、玲は父親と会話がなく、顔を合わせることすら億劫だったからだ

二人は別々の高校に進学した。里子は地元でも有名な進学校、玲は私立女子高。高校を離れても二人は電話で喋ったり、互いの家に行き来して勉強したりと、親友としての絆は繋っていた

急に里子が変化したのは、去年の夏休み。当時雨が降っていた───

「──ちゃん」

「れいちゃん」

シャーペンを持ったまま物思いに更ける玲に、里子がぼそぼそと声を掛けていた

「…え」玲は虚ろな目つきで返事をした

もうすぐ四時になるから帰らない?と彼女は訊いてきた。里子の指が図書館の壁時計を指していた
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