桜の約束
桜の下
桜の木が風に揺れ、桜の花びらを零した。
ひらひらと風に舞う桜の花びらは、そっと伸ばした俺、野上 守の手のひらに乗った。
風が俺の手のひらから花びらをさらって、地面に落ちることを逃れた花びらを再び宙に舞いあげる。
空になった手のひらを見つめて、それからぎゅっと手を握った。
数年前に俺の彼女である淡井 桜の手を握った俺の手は、今は握る手を失い空っぽのままだ。
そっと、ため息を吐く。
深呼吸のように、幸せと共に吐き出したため息は少しだけ乱れた呼吸を戻した。
視線を、左手で開いている文庫本に戻し、字を追ったが、頭に何も入らないことに気が付いて本を閉じた。
ぱたん…っ…
軽い音を立てて文庫が閉じ、それを右手に持って俺は立ち上がった。
向こう側から、俺と同じぐらいの男女が一人ずつ、仲良く並んで歩いてくる。
見慣れた顔の二人だったから、手を振った。
こっちに気づいた女子の方、宇月 亜美が大きく手を振りかえして、小走りでこっちに来た。