桜の約束
「はい。もしもし…」
緊張しながら、声を出す。
緊張が声に出ていないといいのだけど…。
もしもし、と声を掛けたのに電話を掛けた本人である野上くんは、一言も発さない。
『電話できた…』
「はい?」
やっと声を出したと思ったら、意味のわからない言葉を言ってくる。
電話できた?
もしかして、携帯の調子が悪かったのかな?
『あ、いや、なんでもないです。
あの、何のようですか?』
電話できた、という言葉の意味は教えてくれない。
…なんでもない、と言うのならなんでも無いのだろうけど、少しだけ…ほんの少しだけ、気になる。
だけど、その前に。
野上くんの質問に答えなくちゃいけない。
‘‘何のようですか”
何だか他人行儀で、知人でしか無いみたいな。
私、失くした記憶の中でこの人と付き合っていたのかな?
「あ、ごめんなさい。
迷惑、でしたか?」
もしかしたら、記憶の無い私に電話をされても迷惑なだけなのかもしれない。