体育館12:25~それぞれのみる景色~

「心配した……」


 目の前に立つ彼女を見て、口から滑るようにして吐き出された言葉は、半ば無意識だった。


 紛れもない、自分の声。


 だけど、他人の声のようにも聞こえて、不思議な感じがした。


 ポロリと零れ落ちた本音。


 彼女の身体に回した腕。


 俺にすっぽりと包まれてしまうくらいに小さい彼女の肩に、顔を埋める。


「どうしたの……?」


 俺のいきなりの行動に驚いたのか、鼓膜を震わせるような心地いい彼女の声は、少しだけ震えていた。


 周りには、人が大勢いる。


 だから、一組のカップルがこうして浜辺で抱き合っていたって、何も問題ないだろうと思っていたんだけど。


「あの、視線が痛いよ?」


 そんな俺の思考は、恥ずかしげに言った彼女の声で、砕かれた。


 ……俺は別に、見られたって恥ずかしくもなんともないけれど。


 むしろ、この子には彼氏がいるんだって、周りに示すことができて好都合だ。


 でも、彼女の嫌がることは、したくない。


 仕方なしに彼女を離す。


< 116 / 133 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop