体育館12:25~それぞれのみる景色~

 ……と、思いつつも。


 仮にも目の前で女の子が泣きそうに目を潤ませていて、そしてそれが自分の好きな子だったら、何かしてあげたくなるのは当然のこと。


 っていうのは、体のいい言い訳かもしれないな。


 だって、こんな状況になったのは自分のせいなわけだし。


 それに、不純だ。


 ……俺は泣きそうな亜希を見て、確かに『触れたい』と思ったんだから。


「あー、ごめんごめん。考え事してた」


 なんて笑って亜希の頭をそっと撫でた。


 矛盾だらけの言動に自分でも呆れるけど、本当にこればかりは許して欲しいと思う。


 だって、この顔、本当に可愛いから。


 どうやら亜希は、頭を撫でられるのが好きらしい。


 亜希の友達が、俺がしたみたいにこうやって亜希の頭を撫でているのを、前に何度か見ていた。


 その時の亜希の、柔らかい嬉しそうな顔が忘れられなくて、俺も亜希にそんな顔をさせたいって思ってたんだ、ずっと。


 ほら、涙目だったのが嘘みたいに、今はキレイに笑ってる。


 嬉しそうに、口元をほころばせて。


 そんな姿に俺の口元も緩むのがわかったけど、ふと我に返る。


 ……こんな顔を見ることができるのは、今この一瞬だけ。


 これからずっとこの先、亜希をいろんな表情にさせるのは佐伯センパイだけだってこと、俺だってわかってるんだ。


 だから、寂しいかな。


 それ以上に悔しいな。


 後悔するよ、空白の10年間を。


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