体育館12:25~それぞれのみる景色~
彼女は俺の気持ちに気づいていない。
ただ、思い出しただけだ。
でも、もういいや。
俺、今ので満足しちゃったから。
10年以上も前のあの時のことを思い出して、自然と笑みがこぼれた。
『ほんとうに、行っちゃうの? もう会えない?』
『会えるよ。もっと大きくなってもどってきたら、1番に会いにくるよ』
『ほんとう?』
『ほんとだよ! あと、約束。戻ってきたら、今度は……』
思考を現実へと戻すかのようなベルの音。
電車が出発する合図。
ドアが閉まるギリギリに、彼女とそこへ乗り込んだ。
彼女は、遠く、外を眺めている。
言えなかった言葉、聞けなかった言葉。
なんか、どうでもよくなった。
飲み込んだ言葉、口に出すのをためらった言葉。
今、自然と溶け出して跡形もなくなった。
“好きだよ”と、もうひとつ。
彼女が思い出してくれた約束の言葉、“今度は、ずっと一緒にいようね”。
我ながら、単純だ。
伝えることも、確かめることも諦めかけたのに。
やっぱり、亜希はずるいよ。
憎らしいくらい愛しくなって、ああ、もう大丈夫だと、あとは時間の問題だと思った。
「夕ご飯、なんだろうな?」
そう言った俺、窓に映る自分の顔は、どことなくスッキリした表情に見えた。