今さら恋なんて…
premier ~始めの~
zero ~プロローグ~
タクシーがゆっくりと坂道を上っていく。
速度が緩められ、目の前にはそびえ立つ大きな建物が現れた。
「ありがとうございました」
あたし、前園司(マエゾノ・ツカサ)は、タクシーの運転手にお礼を言った。
「いらっしゃいませ」
精算を済ませたあたしの耳に、開いたドアの外から、柔らかい声が届く。
「……こんにちは」
頭をぶつけないようにタクシーの屋根に添えられた、白い手袋に包まれた手。
ブルーグレーのジャケットに、ボルドーの飾緒(カザリオ)。
同じブルーグレーのケピ帽のつばから、キリッとした瞳が覗いた。
あたしがゆっくりタクシーを降りると、
「いらっしゃいませ。ホテル・シーフォートへようこそ」
と、そのドアマンは優しい声で囁いた。