ピアノソナタ〜私がピアノに触れたとき〜
グランドピアノをモチーフとしたトロフィー
あたしが頂いたのと似てるが、2回りぐらい こちらのが小ぶり。
確認すると やっぱり あたしが出たコンクール名と3位が刻まれ、名前は
Aoto Usui
笛吹 蒼音って…。
「ピアノの練習しないの?」
そのとき笛吹くんが戻ってきた。
「ああ、そのトロフィー…」
あたしが見つめるトロフィーに気づいたらしく
「覚えてる?」
目を見開きながら笛吹くんに視線を合わせ
静かに2、3回うなずいた。
1年半前のコンクールで優勝トロフィーを手にして喜ぶ あたしに3位の男の子が
『鳥肌たった。
こんなショパン 初めて聞いた。
なんか うまく伝えられないけど
すっげー良かった。
こんな素敵なショパン聞かせてくれて ありがとな』
って くしゃくしゃの笑顔であたしに右手を差し出してきて 握手を交わした。
あの男の子…
当時は あたしよりも少し大きいぐらいの背丈だったのに…。
あの男の子の嬉しい一言で いっぱい練習して良かった。
って自信をもらったんだ。
「無名の女の子が素足でピアノを弾いてた、あのときのショパンが忘れられなくて」
履き慣れない靴だったし、ストッキングの締め付け感が変な感じでペダルの感覚がつかめられないから裸足になったんだ。
「あの女の子が同じ高校で同じクラスになって奇跡だと思った。
また青柳さんのショパンが聞きたくて駐輪場でお願いしようとしたけど…」
あのとき駐輪場で笛吹くんが何かをあたしに いいかけてたのは このことだったんだ。
「次の日、blessが青柳さんにピアノは やってないのか聞いたとき やってないって答えたから もう あのショパンは聞けないんだなって あきらめたんだ」
「…偶然にも あの会場に奏斗さまもいたんだね」
「偶然なんかじゃない。
2位になったのはblessの姉さんだしな」
「すっごいキレイな外国のお姉さんじゃなかったけ」
「まあ、ハーフっぽいメイクで
日本を離れて海外でピアノを学んでたし、ミドルネームだったしね」
「そう…」
「…神楽木姉弟ねえ」
笛吹くんが激しい口調になる。
「姉には一度も勝てなかった…。
弟には3勝5敗…。
2、3の歳の差が憎い!
同じ歳なら きっと負けなかった」
笛吹くんって無表情で物事に興味なさげだったけど負けず嫌いなのがわかった。
それで図書室で奏斗さまと火花が散ってたのか…。
「笛吹くん、3ヶ月後にあるコンクールに出場することにしたの。
それでピアノの練習がしたくて今日はお願いしたんだけど」
「まじ!
またピアノ始めたんだ」
笛吹くんから笑顔がこぼれる。
「前夜祭じゃないけど そこの修道院の音楽ホールで毎月第2土曜日に音楽祭を開催してて、9月の音楽祭に参加してみようと思うんだ。
よければ笛吹くんに聞いてもらいたい」
「行くよ!」
「ありがとう。コンクール、優勝目指す勢いでがんばるね」
社長からコピーして頂いた譜面と格闘すること小一時間。
「青柳さん、それで優勝出来ると思ってるの?
華麗なる大円舞曲ってショパンの中でも難易度高い曲じゃん」
「…う゛」
返す言葉がない。
この調子では優勝どころか入賞さえも 危うい。
笛吹くんがところてんを食べながら
「さっきのとこ音が聞こえなくて途切れてる」
「…わかった」
「それと焦り過ぎててメロディーが崩れてる。
肩の力抜いて」
「はい」
♪♪♪〜
「ダメじゃん、変わってない。
ちゃんと意識して」
「はい!」
こーして あたしには4人目の先生がついた。
しかも1番のスパルタかもしれない。
「そーいえば、思い出したんだけど」
と笛吹くんが音楽雑誌を持ってきて あるインタビュー記事を見せてくれたが…
神楽木 樹梨愛(かぐらぎ じゅりあ)
10代最後
そして国内最後の出場になるコンクールで 課題曲部門 自由曲部門と2冠を目指す
「…お姉さんが出る」
肉親が出場するのに なんで あたしに自由曲部門で優勝して欲しいって…。
心に大きな闇が広がる。
「青柳さん、元気がなくなったけど…」
「いや… 強敵が表れたなぁって」
心が乱れて集中出来ない。
「さっきまで、けっこー良かったのに…」
「疲れてきたから今日の練習は ここまでにするね。
ピアノ、貸して頂いて本当に助かったよ。
ありがと」
「いえ、お礼されるほどのことじゃないし
そこの修道院で都合が合わなければ また練習に来なよ」
「えー、やったー!
……って それ、社交辞令じゃないよね?」
笛吹くんが笑いながら
「ピアノ貸すぐらい何も減らないし」
お言葉に甘え、手提げバッグからスマフォを取りだし笛吹くんとアドレスを交換した。
「クラスメイトには あたしが借り物のスマフォを持ってること秘密にしてて」
鼻で笑いながら
「わかった」
と受け入れてくれた。
心の声を聞いて欲しくて
やっぱり都合よく こういうときだけ神頼みをする。
葬儀は無事に終わっており、修道院の前に ただ1台の原動機付自転車が止めてあった。
あたしと同じで祈りを捧げに来たのかな。
なんてしか思わなかったが
礼拝室に入ると…
パーカーにジーンズ姿のラフな服装をした、見覚えのある長身の男性…
「なんで…」
「君が放課後に立ち寄る場所を見ておきたかったんだ。
ただ、それだけだ」
……
マリアが見てる。
つまらない心の闇なんて早く取りなさい。
と ささやいてるかのように。
これはマリアが出逢わせてくれたのかも。
右手を固く握りしめ
「お姉さんがコンクールに出場するんですね。
あなたの目的はなんなの?」
「知ったところで君に何の特もない。
君は ただ、オレの思惑通りに
…そう、チェスの駒のように動けばいい」
切れ長の瞳は何を考えてるのか読み取れない。
そして、なぜか冷たく微笑む彼の妖艶な色気から
ぞくぞく…
と背筋が震え…
今まで経験したことのないエクスタシーを感じた。
奏斗さまがゆっくり歩き出す。
あたしの横を通りすぎながら
「姉はショパンの晩年の傑作 舟歌が自由曲だ。
幸運を祈る」
外からバイクのエンジン音がしたが
あたしは その場から動けず ただ立ち尽くすのみ。
舟歌 嬰へ長調 Op.60
ショパンの舟歌と言えばピアノ曲史上の最高傑作と呼び名が高い。
また、よほどの腕がないと聞いてる人を退屈にもさせてしまう曲。
あたしが頂いたのと似てるが、2回りぐらい こちらのが小ぶり。
確認すると やっぱり あたしが出たコンクール名と3位が刻まれ、名前は
Aoto Usui
笛吹 蒼音って…。
「ピアノの練習しないの?」
そのとき笛吹くんが戻ってきた。
「ああ、そのトロフィー…」
あたしが見つめるトロフィーに気づいたらしく
「覚えてる?」
目を見開きながら笛吹くんに視線を合わせ
静かに2、3回うなずいた。
1年半前のコンクールで優勝トロフィーを手にして喜ぶ あたしに3位の男の子が
『鳥肌たった。
こんなショパン 初めて聞いた。
なんか うまく伝えられないけど
すっげー良かった。
こんな素敵なショパン聞かせてくれて ありがとな』
って くしゃくしゃの笑顔であたしに右手を差し出してきて 握手を交わした。
あの男の子…
当時は あたしよりも少し大きいぐらいの背丈だったのに…。
あの男の子の嬉しい一言で いっぱい練習して良かった。
って自信をもらったんだ。
「無名の女の子が素足でピアノを弾いてた、あのときのショパンが忘れられなくて」
履き慣れない靴だったし、ストッキングの締め付け感が変な感じでペダルの感覚がつかめられないから裸足になったんだ。
「あの女の子が同じ高校で同じクラスになって奇跡だと思った。
また青柳さんのショパンが聞きたくて駐輪場でお願いしようとしたけど…」
あのとき駐輪場で笛吹くんが何かをあたしに いいかけてたのは このことだったんだ。
「次の日、blessが青柳さんにピアノは やってないのか聞いたとき やってないって答えたから もう あのショパンは聞けないんだなって あきらめたんだ」
「…偶然にも あの会場に奏斗さまもいたんだね」
「偶然なんかじゃない。
2位になったのはblessの姉さんだしな」
「すっごいキレイな外国のお姉さんじゃなかったけ」
「まあ、ハーフっぽいメイクで
日本を離れて海外でピアノを学んでたし、ミドルネームだったしね」
「そう…」
「…神楽木姉弟ねえ」
笛吹くんが激しい口調になる。
「姉には一度も勝てなかった…。
弟には3勝5敗…。
2、3の歳の差が憎い!
同じ歳なら きっと負けなかった」
笛吹くんって無表情で物事に興味なさげだったけど負けず嫌いなのがわかった。
それで図書室で奏斗さまと火花が散ってたのか…。
「笛吹くん、3ヶ月後にあるコンクールに出場することにしたの。
それでピアノの練習がしたくて今日はお願いしたんだけど」
「まじ!
またピアノ始めたんだ」
笛吹くんから笑顔がこぼれる。
「前夜祭じゃないけど そこの修道院の音楽ホールで毎月第2土曜日に音楽祭を開催してて、9月の音楽祭に参加してみようと思うんだ。
よければ笛吹くんに聞いてもらいたい」
「行くよ!」
「ありがとう。コンクール、優勝目指す勢いでがんばるね」
社長からコピーして頂いた譜面と格闘すること小一時間。
「青柳さん、それで優勝出来ると思ってるの?
華麗なる大円舞曲ってショパンの中でも難易度高い曲じゃん」
「…う゛」
返す言葉がない。
この調子では優勝どころか入賞さえも 危うい。
笛吹くんがところてんを食べながら
「さっきのとこ音が聞こえなくて途切れてる」
「…わかった」
「それと焦り過ぎててメロディーが崩れてる。
肩の力抜いて」
「はい」
♪♪♪〜
「ダメじゃん、変わってない。
ちゃんと意識して」
「はい!」
こーして あたしには4人目の先生がついた。
しかも1番のスパルタかもしれない。
「そーいえば、思い出したんだけど」
と笛吹くんが音楽雑誌を持ってきて あるインタビュー記事を見せてくれたが…
神楽木 樹梨愛(かぐらぎ じゅりあ)
10代最後
そして国内最後の出場になるコンクールで 課題曲部門 自由曲部門と2冠を目指す
「…お姉さんが出る」
肉親が出場するのに なんで あたしに自由曲部門で優勝して欲しいって…。
心に大きな闇が広がる。
「青柳さん、元気がなくなったけど…」
「いや… 強敵が表れたなぁって」
心が乱れて集中出来ない。
「さっきまで、けっこー良かったのに…」
「疲れてきたから今日の練習は ここまでにするね。
ピアノ、貸して頂いて本当に助かったよ。
ありがと」
「いえ、お礼されるほどのことじゃないし
そこの修道院で都合が合わなければ また練習に来なよ」
「えー、やったー!
……って それ、社交辞令じゃないよね?」
笛吹くんが笑いながら
「ピアノ貸すぐらい何も減らないし」
お言葉に甘え、手提げバッグからスマフォを取りだし笛吹くんとアドレスを交換した。
「クラスメイトには あたしが借り物のスマフォを持ってること秘密にしてて」
鼻で笑いながら
「わかった」
と受け入れてくれた。
心の声を聞いて欲しくて
やっぱり都合よく こういうときだけ神頼みをする。
葬儀は無事に終わっており、修道院の前に ただ1台の原動機付自転車が止めてあった。
あたしと同じで祈りを捧げに来たのかな。
なんてしか思わなかったが
礼拝室に入ると…
パーカーにジーンズ姿のラフな服装をした、見覚えのある長身の男性…
「なんで…」
「君が放課後に立ち寄る場所を見ておきたかったんだ。
ただ、それだけだ」
……
マリアが見てる。
つまらない心の闇なんて早く取りなさい。
と ささやいてるかのように。
これはマリアが出逢わせてくれたのかも。
右手を固く握りしめ
「お姉さんがコンクールに出場するんですね。
あなたの目的はなんなの?」
「知ったところで君に何の特もない。
君は ただ、オレの思惑通りに
…そう、チェスの駒のように動けばいい」
切れ長の瞳は何を考えてるのか読み取れない。
そして、なぜか冷たく微笑む彼の妖艶な色気から
ぞくぞく…
と背筋が震え…
今まで経験したことのないエクスタシーを感じた。
奏斗さまがゆっくり歩き出す。
あたしの横を通りすぎながら
「姉はショパンの晩年の傑作 舟歌が自由曲だ。
幸運を祈る」
外からバイクのエンジン音がしたが
あたしは その場から動けず ただ立ち尽くすのみ。
舟歌 嬰へ長調 Op.60
ショパンの舟歌と言えばピアノ曲史上の最高傑作と呼び名が高い。
また、よほどの腕がないと聞いてる人を退屈にもさせてしまう曲。