ピアノソナタ〜私がピアノに触れたとき〜
おんなじ電車で

おんなじ車両に乗り込むなんて奇跡かも!



笛吹くんがいるってことは この電車で合ってた!


自分を信じて良かった!

と喜こんだ。




少しでも、左足を休ませたいので笛吹くんを通り越して奥の座席に腰掛けようとしたときだった。


「オレの隣空いてるんだし、座れば?」



びくっ!



あたしの足が止まり、回りを見渡してみたが


回りに立っている人は いない。


「もしかして あたしに言ってます?」


「そりゃ、そーでしょ」


…まさか 笛吹くんに話し掛けられるとは。


「…はい、お隣失礼します」


笛吹くんの右側に腰掛けた。



…話もしたことないし なんだか緊張する。


しかも何を話せば良いのやら…。



…と横目で笛吹くんの様子を伺うと



んっ!

スマフォをいじって、真剣な顔でマンガを読んでる。



それも今、流行りの戦隊ものの少女マンガ!!



プライバシーをのぞいて失礼なのは わかってるけど見えちゃったんだもん。



こんな かわいい一面があったなんて!!




和をテーマに


和太鼓の名人を目指すヒロインと



三味線の名人を目指すヒロイン


昔から日本各地の祭りや獅子舞など様々な音楽に使われてきた、日本人にとって親しみのある楽器、篠笛(しのぶえ)の名人を目指す3人のヒロインがこの世界から音を奪い取る、音のない世界を作り上げようとするモンスターたちと戦う お話。




うちの花音も日曜日の朝、毎週かかさず見てて録画もしてるよ。



なーんて話しかけられない。




でも緊張がほぐれた。



大樹くんは男の子だし このアニメの魔法のスティックのオモチャだけは回ってこないんだよなぁ。







電車の揺れが心地よくて睡魔に襲われる。


「ふぁ…」


と豪快な あくびをしたとき


「今日は来れたんだね」


「ふがっ!」


やば!
油断してた!


笛吹くんはスマフォを黒い印伝(いんでん)の小物入れにしまった。


「…うっ、うん。今日は田舎から おばあちゃんが来てくれてるし お父さんも居るから」


「ふ〜ん…」


「……」


「……」


「……」


「……」





か…


会話が途切れたー!




その印伝の柄、素敵だね。

うちの おばあちゃんも印伝、好きなんだよ!



和服と印伝が合って良いね!



って話せば良かった!



後悔しても遅い。




そーだ!
就職したら お父さんに印伝のおサイフ プレゼントしたいな。



良い物 見せてもらっちゃった。




少しでも早く マネー ゲットしたくなったから進学しないで就職したいと気持ちが動く。





それから笛吹くんと会話をすることなく目的の駅にたどり着いた。





月島ホテルは西口から歩いて3分。


人の波をかき分けて方面音痴の あたしは約束場所の西口がわからないので黙って後ろからついて行く。







歩くこと数分、西口の出入口を抜けると鮮やかなオレンジ色に染まる夕陽が待っていてくれた。

そして約束場所の“ハープを抱く人魚”の銅像の前を颯爽と通り過ぎようとする笛吹くんの背中に


「笛吹くん、あたし この銅像の前で まりんちゃんと美緒ちゃんと6時に待ち合わせしてるの。
笛吹くんは先にホテルに行ってて下さい」


と呼び掛けると笛吹くんは振り向き


「どーせ 行く場所は一緒だし、もう少ししたら6時になる。

一緒に待つよ」


と意外な答えが返ってきた。


「こんなとこに銅像 あったんだ」


と 銅像をしみじみ見つめる、笛吹くん。


「えっ!有名な絵本がモデルじゃん!
知らないの?」


「へえー、そんな絵本があること事態 知らなかった」


作者さんがここに長年 住んでたらしく、それを記念して造れた30センチほどの小さな人魚の銅像は観光名所の1つに なってるけど

地方から来た人は あまりの ちっちゃさに がっかりスポットの1つでもある。



「どんな絵本なんだろうな」


「絵本のタイトルは人魚のな…」


「「ことはちゃーん」」


「まりんちゃん!美緒ちゃん!」


美緒ちゃんは落ち着いた色みの青系の蝶柄着物

まりんちゃんは紫系のワンピで、まるでラプンツェルみたいなプリンセス風だった。



「かわいい!
2人とも お姫様みたい!」


「琴羽ちゃんだってプリンセスみたいだよ」


「…笛吹くんも いるんだね」


美緒ちゃんが笛吹くんに視線を向ける。


「あたしたち 電車が一緒になったの」


「どーも」


と笛吹くんが軽く会釈する。



…なんか2人の様子がおかしい。


笛吹くんと会って そわそわしてるってゆーのかな…。




2人の姿を察すると笛吹くんって…





イケメンの部類だったんだ!!







「男の人の和服姿っていーね」


「あー、これしかないし」


「笛吹くん家って平安時代から続く楽家(がくけ)の家系って聞いたけど?」


「まあ、形は。でも それだけじゃ食ってけない」


「笛吹くんも何か楽器が出来るの?」


「多少はね」


「えー、すごい!どんな楽器なの?」


「雅楽(がらく)三管の篳篥(ひちりき)、笙(しょう)、龍笛(りゅうてき)って説明しても実物の音色を聞かないとわかんないか」


「1つの楽器だけじゃないんだね」


「あとピアノかな」


「ピアノまで!」


「聞きたーい!」


「人に聞かせられるほど 上手くない」



笛吹くんを間に挟んで2人の質問攻めをして歩くと目的地の月島ホテルに たどり着いた。





月島ホテルの敷地内に一歩 足を踏み入れると


そこは異空間だった。



花壇 いっぱいの色とりどりの鮮やかに咲き誇る花花たち。



タイムスリップしたと錯覚してしまうぐらいの どこかの お殿様が住むかのような ただ住まい。



この光景を目の当たりにして心弾まないはずがない。



「きれー」


「おっきい」


「贅沢だね」



と そのとき


「そこに立ち止まらない」


「瑞季ちゃん!」


瑞季ちゃんたち5人が後ろで立ち往生していた。


「うちら通せんぼしちゃったね」


「琴羽ちゃん、来れたんだね」


瑞季ちゃんが にっこり微笑む。


「うん、今日は田舎から おばあちゃんが来てくれてるし お父さんもいるから」


「そう、良かった」


瑞季ちゃんは 暖色系の黄色のワンピで美女と野獣のベルみたいだった。






ホテルの外観とは違い内装はゴージャスなシャンデリアや国宝級の洋画がいくつか飾られており 真紅のカーペットがふかふかとしていて歩き心地が良い。



あまりにも綺麗すぎて土足でOKなのか躊躇(ちゅうちょ)してしまうほどだった。




フロントで受付を済ませ

フロントのお姉さんが説明して下さった、

撫子(なでしこ)の間に行くと 開始時間まで20分前だったがクラスメイトたちは ほとんど そろっていた。




会場のセッティングを拝見すると立食でのビュッフェ スタイルになっているよう。



まだ料理は並んでないが どんなご馳走が並ぶのか楽しみである。



「どこのプリンセスたちが来たのかと思ったよ」


「そーいう 乃愛ちゃんもプリンセスじゃん」



乃愛ちゃんはワイン色の膝丈のドレスで

何かのプリンセスみたいだけど

そのプリンセスの名前が出てこない。


なんだか もやもやする。


きっと忘れた頃に突発に思い出すんだろうな。



「今日はプリンセスがいっぱいだねぇ」


「鉢村(はちむら)先生!」


副担任の鉢村先生、相澤先生を始め、各教科を教えていただいている先生方まで勢揃いだった。



それから この会場に入って気になったのは


あの女の子たち…。



あたしのドレスも けっこーな お値段だったのに あのコたちの身なりは見るからに質が桁違い。


明らかに 正真正銘の お譲さまたち。



ほのかちゃんは中学までは お譲さま学校に通ってたから きっと その頃の同級生。



きっと あたしの住む世界とは かけ離れた、世界なんだろうな。





「…こんにちは」


「こんにちは」


「男性の和服は めずらしいし お似合いですね」


「それは、どーも」



お嬢様たち軍団の そのうちの3人が笛吹くんに話し掛けてきた。



どーやらイケメンの基準は世界共通らしい。


「オレも和服にすれば良かった!」


と いつも元気いっぱいのムードメーカー新井くんがおちゃめに話す。



だが残念だけども誰1人、新井くんの声は届いてないみたい。



笛吹くんに目を輝かせてるもん。




新井くんは いつも はにかんだ笑顔がたえなくて 八重歯がかわいいなって あたしは思ってるんだけど…。




女が集えば話に花が咲く。



時間は長いようで短い。





会場にショパン作曲 ワルツ第1番 変ホ長調「華麗なる大円舞曲」,Op.18が流れだした。



なんで



なんで この曲なの…。




この曲は、ショパンのワルツの中でも長さがあって、至るところに色々な雰囲気が楽しめる作品。


とてもテンポの速い曲で、メロディーを連打するところでは、音が抜けたり、次の音と繋がらないようにと かなり練習した。


譜面の最後の2ページは、とても盛り上がるから、エネルギー切れにならないようにペース配分にも気をつけたっけ。






今日は…



今日ぐらいは



何もかも忘れようとしたけど




この曲を聞いたら、お母さんの面影を追いかけてしまう。







曲が流れ出したと ほぼ同時にホテルのスタッフたちがワゴン車を押して会場に入り、飲み物をセッティングし





超一流 ホテルで働く人たちは瞬く間に会場を後にした。


そして曲が終わり司会進行役のスタッフのお姉さんが立ち代わりで入って来た。


「日に日に暖かくなるのを肌で感じますね」


と当たり障りのない挨拶から入り…






やっぱプロだわ。



お話が上手!

短い時間で笑いまで誘うなんて、スゴすぎ!
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