ゆとり社長を教育せよ。
「やっぱ、元気ないでしょ美也。……さすがに甘いもの飽きた?」
私の顔を覗き込んで、心配そうに言う充。
そんな風に、私の変化に気がついてくれる彼が愛しい。
愛しいから、怖い。
“加地充に危険が及ぶことになる”――という、さっきの脅かしが、もし現実のものになったらと思うと……
「……ねえ、充」
「ん?」
口の端に生クリームをつけた彼が、首を傾げて私を見る。
それを可愛いって思えるほどに、あなたのことが好き。だからこそ、私のせいで危険な目には遭ってほしくない。
「社長と秘書がこうなるのって……やっぱり、まずい、よね」
「……? なに言ってるの今さら。別にそんな社内規定はないし、そうだとしても俺が美也を手放すわけないじゃん」
充はナプキンで口元を拭うと、そう言って笑う。
どうしよう……いきなり別れようなんて言うの不自然すぎるし、何より私の口からそんなこと言えそうにないよ……
「そ、そうよね。別に業務に支障をきたさなければ問題ないわよね」
「うん。――そうだ、俺さ、今日いろいろなチョコ食べてみて、いちおう自分なりに方向性が見えてきたっていうか……」
フォークを片手に、新商品のアイディアを生き生きと語り出した充。
そんな彼の話を遮って、別れ話を切り出す勇気なんて私にはなくて。
その日のデートが終わり、家に送ってもらうまでの間にも、結局電話を掛けてきた相手からの指示を実行することはできなかった。