ゆとり社長を教育せよ。
「あのー、霧生さんっていますか?」
ホームから落ちた翌日のこと。
美也に聞かされた俺のスケジュールには余裕があったから、午後の暇な時間を見計らって一人でふらりと訪れたのは三階の商品開発部。
社長の俺が直接こういう部署に行くことはなかなかないせいか、十数人いた社員たちがみんな驚いたような表情を浮かべ、背筋を伸ばしていた。
……そっか。社長って、そういう立場だもんなぁ。
今さらだけど、俺って偉いんだ。そう思うと、こっちもぴしっとしなきゃいけないような気になった。
「どうされたんですか? 社長自らこちらに出向くなんて……」
そして通された部屋の隅の小さな会議用のスペースで、俺は美也の同期で開発部の切れ者らしい霧生さんと向き合った。
「大事なお話が二点ありまして。まずは、これを見て頂きたいんですけど……」
持っていたクリアファイルから取り出した書類は、俺なりにまとめた新商品についての企画書。
開発のプロに意見を求めるなんて反則かもしれないけど、専務から出された条件に、他人の助けを借りてはいけない――なんてものはなかったから、別にいいだろ?
霧生さんは真剣に俺の企画書に目を通してくれて、それから俺の手にそれを返すと、俺の目を見て言う。
「悪くないと思います。甘党の男性向け商品はコンビニでも人気だし、今までウチではあまり作ってませんでしたし。ただ……」
「ただ……?」
なんだろう。開発に関して素人の俺では気が付かない盲点でもあるんだろうか。