ゆとり社長を教育せよ。
「彼女の……美也の声を聞かせろ」
『ダメだよ。これから彼女とお祝いするんだから』
「お祝い……?」
そう聞きながら、相手の声以外の、周囲の音を拾おうと必死に耳を澄ませる俺。
美也の声は聞こえない。騒音もない。
この静かな空間は、きっと屋内だ。
『……あれ? もしかして知らないの? 昨日までカレシだったくせに』
「知らないって、何を……」
『今日は美也ちゃんがこの世に生を受けた、記念すべき日なのに』
……まさか。今日は美也の……
『――充! ここは、私の部屋の――っ』
――――美也の声。
『――っと。ダメだよ、美也ちゃん。勝手に喋ったら。もうパーティを始める時間だから、切るよ。邪魔しに来たら許さないから』
「おい、待て……っ!」
俺の言葉を無視して、ヤツは電話を切った。
思わず舌打ちをしてスマホを霧生さんの方に放ると、彼はそれを上手くキャッチして言う。
「場所、わかりました?」
「いえ……でもたぶん、美也の家か、その近くだと思います」
……許せない。美也にこんなことする犯人のことも、うかつだった自分自身も。
思わずハンドルに拳を振り下ろした俺の肩を、霧生さんがポンと叩く。
「高梨は馬鹿じゃないから、なんとか時間稼いでるはずです。無事だと信じて、早く行ってあげましょう」
「……そう、ですね」
落ち込んでいる暇はない。こうしている間にも美也に危険が……
俺は不安や怒りの感情をなんとか押さえこんで車を発進させると、ぎりぎりまでスピードを上げて夜の街を走り、美也の自宅アパートを目指した。