ゆとり社長を教育せよ。
強引に連れて来られた“千影さんの家”を前に、私はごくりと唾を呑みこんだ。
「いつから、ここに……」
「つい最近引っ越してきたんだ。さあどうぞ」
ガチャリと扉を開けて微笑む千影さんには有無を言わさぬ迫力があって、逃げ出したいのにそうできなかった。
――私の部屋は隣なのに。
今日は最悪の誕生日だ……
部屋に上がって、キッチンで嬉しそうになにかの準備をする千影さんの背中を見ながらそう思っていると、彼は何かを思い出したようにポケットに手を入れ携帯を取り出した。
奪われたままの、私のスマホだ。
「……そういえばさっき元カレと話してたでしょ。もう電話してこないでって、僕が美也ちゃんの代わりに言ってあげる」
……充に電話する気? それなら、どうにかしてこの場所を伝えたい……!
すぐに繋がったらしい電話で、千影さんが充を挑発するような発言を繰り返すのを聞きながら、私は声を上げるタイミングを窺った。
そして、どうやら私の誕生日を知らなかった充に対して勝ち誇ったように
「今日は美也ちゃんがこの世に生を受けた、記念すべき日なのに」
というキモチ悪い台詞を吐いたとき、私は大きく息を吸い込んで言った。
「――充! ここは、私の部屋のとなり――っ」
「――っと。ダメだよ美也ちゃん。勝手に喋ったら」
ちゃんと伝わったかどうかはわからない。
だけど………きっと充は来てくれる。そう信じて、私は電話を切った千影さんを、キッと睨みつけた。