ゆとり社長を教育せよ。


「困ったな……その目は好きだけど、もっと楽しそうにしてくれないと」

「……楽しくありませんから」

「あ、そうだ。ケーキを食べようか。ちゃんと用意したんだよ?」


……千影さんの耳は都合の悪いことは聞き流す仕組みらしい。

ケーキ、ね。無造作に床に置かれたコンビニ袋からは私の買ったモンブランが顔をのぞかせているけど、千影さんの言うケーキはそれじゃないらしい。


「苺の乗ったやつ探すの大変だったんだよ?」


キッチン脇の冷蔵庫を開け、そこから大きな箱を取り出した千影さん。

私の目の前にある小さなテーブルの上にそれを置き、箱を開けて出てきたのは立派なホールのショートケーキ。

そりゃ、こういうちゃんとしたケーキを誰かと食べたかったのは認めるけど……その“誰か”はストーカー気質のアンタなんかじゃないわよ。


心の中でそう呟く私とは裏腹に、千影さんは楽しそうに小声で歌なんか歌いながら、ろうそくを立てている。

大きいものを三本。小さいのを二本。

もうこの歳になったらそんな正確にやってもらうの逆に恥ずかしいんですけど。


それにしてもさっきから何を歌ってるの……?

耳を澄ませてみれば、私が自分のために歌おうとしていたあの曲。

しかも、“to you”のところを“to miya”に変えている。

おえ……鳥肌立ちそうなんだけど。


「さて。じゃあ電気を消すね」


すべてのろうそくを立て終え、火をつけた千影さんがそう言って立ち上がる。

壁のスイッチに手を添えた彼がぱちんと天井の明かりを消すと、ろうそくの炎だけが気味悪くゆらゆらと揺らめいた。


「美也ちゃん、三十二歳おめでとう。さ、火を消して?」


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