ゆとり社長を教育せよ。
3.公務員になりたかった男
私はあからさまに深ーいため息をついてから、社長に頭を下げた。
「それでは、私はこれで失礼します。明日もよろしくお願いします」
「はーい。……あ、ちょっと待って! 家まで送ります。さっきの人が待ち伏せしてたりしたら危ないし」
待ち伏せなんて……。いくら千影さんがちょっとアブナイ人だったとしても、そこまで執念深くないでしょう。
そう思っても、私の背中にはぞくりと寒気が走った。
同時に千影さんから受けた貼り付くような視線や、間近に感じた息遣いまでも蘇ってきて、私は片手できゅっと自分の二の腕を抱く。
やだ、柄にもなく何怖がってるんだろ、私……
「まだ電車がありますから、大丈夫です」
駅までだって、ほんの十分くらいだし。と、自分に言い聞かせるように思いつつ、踵を返した私。
でも、前にはうまく進めなかった。
背後から伸びてきた社長の手が、私の腕を掴んでいたから。
「……社長?」
「大丈夫に見えないよ。それにもし今夜高梨さんに何かあって会社休まれたら、明日の仕事なんもわかってない俺が困る。車、持ってくるから、ここで待ってて下さい」
「え、あの――――」
……どうしよう。行っちゃった。
それにしても、“明日の仕事なんもわかってない”って。
それは堂々と言うことじゃないでしょうが……
でも……正直一人で歩くのちょっと嫌だったし、ここはゆとりくんの厚意に甘えてしまおう。
どんな車乗ってるのか興味もあるし。
私は歩道の端に設けられていた車止めのポールに腰をもたれさせ、社長を待つことにした。