ゆとり社長を教育せよ。
「……望むところよ」
そう言って充の手を取り、ぎゅっと握れば彼がおかしそうに笑う。
「プロポーズの返事が“望むところよ”ってどーいうこと?」
「いやならやめましょうか、結婚」
「うーそー。秘書口調になるのは美也なりの照れ隠しだもんね? そういうとこ可愛くて好き」
……うう、図星すぎて言い返せん!
きっと真っ赤になっているであろう私がうつむくのにも構わず、繋いだ手を大きく振って歩く充。
子どもみたい……そういうとこ、可愛くて好き。って、私は言ってあげないけど。
「このあとどこに行くの?」
駐車場に戻って、少し離れた場所にある小さな黄色い車にキーをかざした充に尋ねる。
「んー? 今日はあの車だし、宝石泥棒でもしにいこうかなと」
「ああ……婚約指輪を見に行く、と」
「つれないなぁ。うちの美~~也子ちゃんは」
「フジコちゃんみたいに言わないでよ……」
この、隣にいるふざけた若者が婚約者だなんて、自分でも信じがたい事実。
だけど、これまでの自分の好みとか、年齢とか、周囲の目とか。そういうのを吹っ飛ばしちゃうのが、本気の恋ってやつだと思うから。
「……ねえ、ミツルパン」
「なに? 美也子ちゃん」
「お店で一番大きい宝石盗みに行くわよ?」
あなたのためなら、秘書にだってゆとり社長夫人にだって、美也子にだってなれるんだ。
私は心の内でそうつぶやくと、彼より先に上機嫌で車に乗り込んだ。
ゆとり社長を教育せよ。
END