ゆとり社長を教育せよ。
「それ、親御さんに反対されたんじゃないんですか?」
「うん。そりゃもう大反対。テイオウキョウイクっていうの? の家庭教師までつけられそうになって大変だったなー」
その家庭教師、つけてもらえばよかったのに……
帝王教育なんて時代錯誤かもしれないけど、この世間知らずにはそれくらい厳しい方がちょうど良さそうだもの。
そんな、会話はすれども心は全く通わないままのドライブも、とうとう終わりを迎える時が来た。
私の住むアパートの手前の信号がタイミングよく赤になったので、私はシートベルトを外して左側の彼に言う。
「あの、ここで降ります」
「え。いいですよ、ちゃんとお家まで送ります」
「そんなことしてる暇あったら、社長こそ一刻も早くご帰宅されて、明日の仕事に備えてください」
「……ほんと厳しいな、高梨さん。もしかして今までの秘書の中で一番かも」
鼻の頭を人差し指でこすりながら社長が苦笑する。
そりゃあ、あの優秀な秘書課の仲間たちが全滅なんだもん、私の気合いの入り方を侮らないでほしいわね。
絶対にあなたを立派な社長……ううん、とりあえずまともな人間にして見せるんだから。
「それでは、失礼します」
「うん、また明日~」
その語尾を伸ばすのをなんとかしなさい!
という小言をなんとか飲みこみ車から降りると、シルバーの車体は夜の闇の中を走り去っていった。
……あーあ。ずっと風にさらされていたから、髪がぐちゃぐちゃ。
オープンカーは見ている分にはカッコいいのかもしれないけど、それに乗せられて喜ぶ女子ばかりじゃないって、今度教えてあげよ。
そんなことを思いつつため息を一つ吐き出すと、私はヒールを鳴らして自分の部屋へ向かって歩き出した。