ゆとり社長を教育せよ。
「おはようございます、社長」
さっき胸の内で毒づいた(口にも出したけど)ことなんておくびにも出さず、私は豪華な社長室でうやうやしく“彼”に頭を下げた。
大きなガラス窓から、たくさんの船が停泊する港を見下ろすことのできるこの社長室。
壁には絵画のように、自社で一番人気の商品であるチョコレートのパッケージイラストが掲げられている。
簡単な会議ならできそうな楕円のテーブルに、椅子が六脚。
そして、彼にはもったいなさすぎる大きな社長用デスクと椅子。
その座り心地のよさそうな椅子に腰かけて私を見る社長の目は、怯えた子犬のように大きく見開かれて濡れていた。
「あなたが、新しい秘書の人?」
「そうです。高梨美也(たかなしみや)と申します。この度は、秘書課の先輩方並びに社長のお父様である会長から命を受け、この場にやって参りました」
「……そ、それはどうも」
うーわー。もう目を逸らした。
部活の先輩に呼び出し喰らった後輩じゃないんだから、もっと堂々としなさいよ、堂々と。
「ちなみに高梨さんて、おいくつで……?」
「今年で三十二になります。入社年も、社長より五年早いですね」
「あー……先輩が秘書かぁ。やりにくいなぁ」
独り言みたいに言ってるけど、聞こえてるっての。
ついでにくしゃっと掴んだその前髪の長さはなんなの? ホスト気取り?
製菓メーカーの社長だったらもう少し清潔感ってものを気にして欲しいわね。
「どうぞその辺りはお気になさらず。なんでもお申し付けください」
……的確に私に指示ができるのならね。
私は心の中でそう付け足しつつ、今度はさっきより控え目に頭を下げた。