ゆとり社長を教育せよ。


「おはようございます、社長」


さっき胸の内で毒づいた(口にも出したけど)ことなんておくびにも出さず、私は豪華な社長室でうやうやしく“彼”に頭を下げた。


大きなガラス窓から、たくさんの船が停泊する港を見下ろすことのできるこの社長室。

壁には絵画のように、自社で一番人気の商品であるチョコレートのパッケージイラストが掲げられている。

簡単な会議ならできそうな楕円のテーブルに、椅子が六脚。

そして、彼にはもったいなさすぎる大きな社長用デスクと椅子。


その座り心地のよさそうな椅子に腰かけて私を見る社長の目は、怯えた子犬のように大きく見開かれて濡れていた。



「あなたが、新しい秘書の人?」

「そうです。高梨美也(たかなしみや)と申します。この度は、秘書課の先輩方並びに社長のお父様である会長から命を受け、この場にやって参りました」

「……そ、それはどうも」



うーわー。もう目を逸らした。

部活の先輩に呼び出し喰らった後輩じゃないんだから、もっと堂々としなさいよ、堂々と。


「ちなみに高梨さんて、おいくつで……?」

「今年で三十二になります。入社年も、社長より五年早いですね」

「あー……先輩が秘書かぁ。やりにくいなぁ」


独り言みたいに言ってるけど、聞こえてるっての。

ついでにくしゃっと掴んだその前髪の長さはなんなの? ホスト気取り?

製菓メーカーの社長だったらもう少し清潔感ってものを気にして欲しいわね。


「どうぞその辺りはお気になさらず。なんでもお申し付けください」


……的確に私に指示ができるのならね。

私は心の中でそう付け足しつつ、今度はさっきより控え目に頭を下げた。


< 2 / 165 >

この作品をシェア

pagetop