ゆとり社長を教育せよ。
4.恋人作るの禁止令
翌日出勤した秘書室で、早めに出てきた私より先に出勤して部屋の掃除をしていたのは、秘書課で唯一の後輩、新田亜紀(にったあき)ちゃん。
小さな顔のラインに沿うように切りそろえられたボブヘアが可愛らしい彼女は、常務付きの秘書だ。
「おはよう、早いね」
「あ、美也さん。おはよーございます。昨日、どうでした?」
「……うん。とりあえず、皆から聞いてた通りって感じ」
バッグを置いて、私はとりあえず朝の一杯を飲むために壁際にあるコーヒーメーカーに近付く。
その間、秘書課全員のデスクを拭いて回っている亜紀ちゃんは、若いのに本当によく気の利く子。
「亜紀ちゃんも飲む?」
「あ、私はイイです。朝一番のキスは歯磨き粉の味がいいって、常務が言うんで」
「……相変わらずなのね。いい加減、むなしくならないの?」
「まあ、いつかは終わるんでしょうけど。でも、それまでは楽しんだモン勝ちっていうか、むなしいとか思わないようにしてますー」
ふうん……そういうものなのかしら。
私は、亜紀ちゃんに傷ついて欲しくないから、40代既婚者の常務とのよからぬ関係には、さっさと見切りをつけた方がいいと思うんだけどな。
入れたてのブラックコーヒーをコクリと喉に流し込んで、亜紀ちゃんの屈託ない笑顔を見つめながらそんなことを思う。
亜紀ちゃんと一緒に合コンへ行ったことが何度もあるけど、やっぱり常務が一番いい男に見えるらしく、彼女はいつも食事とお酒を楽しむだけで帰ってしまう。
「そういえば、美也さんはあのSEの彼とどうなったんですか?」
亜紀ちゃんの悪意のない質問に、私はげほ、と盛大にむせた。
私が千影さんといい雰囲気だったっていうのは、秘書課の皆に話してあったから、それは当然の疑問なんだけどね。
「……今度ゆっくり話すね」
「えー! 進展あった感じですか!?」
「……ノーコメント」
昨夜の苦々しい事件簿を思い出してこめかみをぐりぐり押す私を、亜紀ちゃんは可愛い顔で不思議そうに見ていた。