ゆとり社長を教育せよ。
「おかえりー、美也ちゃん。どうだった? ゆとりくんの第一印象」
「……なんか、いつまで経っても大学生みたいな感じでした」
社長室より一階下のフロアにある秘書課に戻ると、この課で一番上の先輩である田村佐和子(たむらさわこ)さんにそう返事をした。
佐和子さんは、なんともうすぐ四十五歳になるのだけど、その美貌とプロポーションは四十代とは思えない。
しかも、二児の母というんだから驚きだ。
「でも、定時で上がらせてくれるでしょ?」
私と同じくすでに自分の仕事を終えたらしい佐和子さんが、ママらしく大きな、けれどお洒落感もたっぷりの真っ赤なバッグを肩から下げて、そう言った。
「……全然嬉しくありません。むしろ不安っていうか」
「わかるわー。この人、明日の予定ちゃんと頭に入ってるのかしらって思うわよね」
「そうなんです。……あ、そういえばやっぱり究極甘党コーヒー頼まれましたよ」
佐和子さんは、もともと大き目の口をさらに大きくしてケラケラと笑う。
「やっぱり? でも、その糖分が全然脳に行ってない感じよね」
「ホント。でも太ってるわけでもないからむかつきます」
「それ不思議よねー。あ、いけない。そろそろ学童の迎えだから」
「はい、お疲れ様です」
パタパタと秘書課を出て行った佐和子さんは、家事も育児も旦那さんと協力してうまくやっているスーパー主婦。
そんな彼女の担当は、ダンディで優しいオジサマという印象の副社長だ。
他の会社から引き抜かれてきたとあって、バリバリ仕事もこなすのはもちろん、佐和子さんの家庭のことにも理解があって、特別忙しくない限りは長時間の拘束はしないでいてくれるんだとか。
「やっぱり、そういう尊敬できる人の下で働きたいよなぁ……」
ため息とともに本音を吐き出すと、でもせっかく早く上がれたんだし、と気を取り直す。
そして私も荷物をまとめると、アフターファイブを楽しむために秘書課を後にした。