ゆとり社長を教育せよ。
「さて、準備は万端。うち、ここから近いんであと五分くらいで着きます」
「……はい」
再び乗り込んだ車内で、買い物袋がカサカサ鳴る度に私のテンションが地に落ちて行く。
材料まで揃えちゃったし、もう逃げられない……
虚ろな目で車窓に目を向けると、コンクリートで囲まれた怪しげな地下へと車が入っていくところだった。
「ど、どこですかここ?」
相手がゆとりくんだからって油断しまくっていたけど、もしかして身の危険――!?
がばっと身を起こしてうろたえる私を、ゆとりスマイルがたしなめる。
「マンションの駐車場です。そんなに怯えないで下さいよ。この俺が高梨さんを襲う勇気あるように見えます?」
慣れた動作で車をバックさせながら、社長が言う。
「……み、見えませんけど。でも万が一そうなったら力じゃ敵わないから……」
車が停まり、エンジンが切れると車内が沈黙に包まれた。
なんか、気まずいんですけど……
「――よくわかってるじゃないですか。それなのについて来るって、やっぱり超無防備」
馬鹿にしたような声のあと、カチッと、隣のシートベルトが外れる音がした。
それからふわっと、鼻腔をくすぐるのは、甘ったれ社長によく似合う、甘ったるい香水の匂い……
ん? におい? なんでこんな近くに彼の匂いを――――
目を凝らすと、社長のパーマがかった髪がなぜか至近距離に見える。
え? なにこれ? こんな角度、まるで、耳か首筋にキスされるときみたいな……って。