ゆとり社長を教育せよ。


「モ、モデルルームですかここは……」


だだっぴろいリビングダイニングに通された私は、その真ん中に突っ立って呆然とする。

二十畳以上はありそうなそこは、壁も床も優しい白。家具や収納の扉は落ち着いたブラウンで統一されていて、ダイニングテーブルにはバラの花まで飾ってある。


「昼間、家事代行の人が来て掃除してくれるんです。俺自身は片づけるのとか苦手だし」


買ってきたものを、一人暮らしにしてはいやに大きい冷蔵庫にしまいながら、社長が話す。


「はぁ……」


家事代行……。住む世界が違うわ。


「じゃあ早速――」


パタン、と冷蔵庫の扉が閉まる音がして、気が付けば私の目の前に立つ社長。


「料理、お願いしてもいいですか?」


そして甘いゆとりスマイルとともに、玉ねぎをひとつ、手渡された。


「……はい」


ああ……ただの玉ねぎをこんなに重く感じたのは初めて。

だけど、ここまで来たらもうやるしかない。私は足取りも重く、ゆらゆらキッチンに向かう。


使うのが憚られるくらい磨き抜かれたぴかぴかのシンクで手を洗って、まな板と包丁を用意すると、私はその上に皮をむいた玉ねぎを置いてしばし固まる。

ええと、確か左手は猫の手。
そしてみじん切りって、とにかく細かく切ればいいのよね?

なんか簡単にできる裏ワザみたいのあった気がするけど、覚えてない……


< 49 / 165 >

この作品をシェア

pagetop