ゆとり社長を教育せよ。
「高梨さん」
私が玉ねぎを睨みつけていると、いつの間にかスーツのジャケットを脱いでネクタイも外し、ラフなシャツ姿になってダイニングの椅子に座る社長が私を呼んだ。
「なんでしょう?」
「手、切らないで下さいね?」
「き、切りませんよ!」
な、なんなのよ……。まるで私が料理下手なの知ってるみたいににやにやしちゃって。
こうなったらもう意地よ。みじん切りくらい、朝飯前――
「い、痛っ……!」
無駄に力の入った包丁さばきで、自分の実力以上のことをしようとしたのがいけなかったらしい。
せっかく猫の手にしていた左手の人差し指の関節あたりを、ざっくりと切ってしまった。
「え、まさか本当に切ったんですか?」
ガタンと椅子から立ち上がる社長。
やばい、カッコ悪すぎる! この傷は見せちゃいけない!
「いえ、あの、玉ねぎが目に染みて、痛いっていうだけで……!」
否定するためにパッと上げてしまったのは、あろうことか左手の方。
そこを凝視する社長は、どくどく流れる血をばっちりと見ていた。
わ~、何やってんのよバカ美也!
「ちょっ……結構深くないですか?」
社長がつかつかとこちらに近付いてきたので、私は反射的に左手をパッと自分の背後に隠した。