ゆとり社長を教育せよ。
「傷、見せてください」
「いえ、浅いので大丈夫です!」
「でも、こんなに血が出てるし」
社長が視線を落としたシンクの中に、ぽたぽたとこぼれているのは紛れもなく私の血。
げ……あんなに垂れていたとは予想外。
それでも往生際の悪い私は、苦し紛れにこんなことを言ってみる。
「ケ……ケチャップじゃないですか?」
いくらハンバーグにはケチャップがつきものと言ったって、キッチンに出してある食材はまだ玉ねぎだけなのに、このごまかし方は無理があるわよ……
と、自分で自分にツッコんでみてもただむなしいだけ。
後ろに隠した左手もズキズキ痛んできて、もう最悪だ……といたたまれない気持ちになっていた時だった。
「……いくらなんでも、意地張りすぎ」
呆れたような声とともに背後の左手をぐいっと引っ張られて、水道から水を出した社長にシンクの中で傷口を洗われた。
う……やっぱ染みる……じゃなくて! 何この図!? ていうか必要以上に近いし!
「じ、自分でできます!」
「……嘘。俺がこうしなきゃ血が止まるまで我慢したくせに」
そ、そうかもしれないけど……
私が何も言い返せないでいると、水を止めて手を離した社長。
彼はダイニングの棚から真っ白なタオルと絆創膏を取り出すと、再び私の手を取って、丁寧にタオルで水を拭い始めた。
「……タオルが汚れますよ。洗濯は誰がやるんですか? 家事代行の人なら、きっと嫌がります」
ぶすっとしながら言う私に、社長は手当てを続けながら苦笑する。
「ホント可愛くないですね、高梨さん」