ゆとり社長を教育せよ。

それからしばらく二人とも無言で、ナイフとフォークがカチャカチャいう音だけが辺りに響いていた。

それがなんだか気まずくて、私はとりあえず仕事のことについて口にしてみた。


「明日の朝イチの会議……専務から何か提案があるみたいですね」


社長はグラスに注がれた水をくい、と飲み干すと、何故だか嫌そうな顔で私を見る。


「……高梨さん」

「はい?」

「どうして食事中に仕事の話をしなきゃいけないの?」


どうして、って……。それ以外にあなたと話すことがないからなんですけど。


「もっと楽しい話しましょうよ。ほら、恋バナとか」

「恋バ……なんで社長とそんな話しなきゃならないんですか! やっぱり私、もう帰ります!」


ちゃっかりハンバーグも完食したし!

ガタッと席を立ち、再びバッグを手にして逃げるように扉に手を掛けたとき――



「――諏訪(すわ)教授」



ぴくりと反応した私の耳。振り返ると椅子に座ったままの社長が不敵な笑みで私を見てた。

どうして、私の前で今その名を――?


「付き合ってたんですよね? 俺、実は学生の時、高梨さんのこと大学内で見かけたことあって――」


……やめてよ。あの人とのことは過去のことだけど、嫌いになって別れたわけじゃなかったし、本気の恋だったから……

まだ、思い出すと胸が痛むのに。



「……失礼します!」



私は肯定も否定もせず、それだけ言い放つと扉を閉めると玄関に向かって早足で進んでいく。

社長は特に追いかけてくる気配もない。


一体この時間はなんだったんだろう。やっぱり部屋になんかノコノコついてくるんじゃなかった。

お腹は満たされたけど、あの人と一緒に居ると、振り回されてストレスがたまるだけだ――――


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