ゆとり社長を教育せよ。
「――美也」
そのとき、ふいに聞き慣れた声が耳に入り、俺はぴたりと足を止めた。
声のした方を向くと、ひとつの部屋の扉が中途半端に開いていた。
俺は吸い寄せられるみたいに、その小さな隙間に身体を寄せて行ったんだ。
そして目に飛び込んできたのは、さっきの美人と、自分の属するゼミの諏訪教授が、映画のワンシーンみたいに抱き合う姿。
高梨さんの黒髪は、窓から入り込む風の仕業なのかサラサラと揺れていた。
「……さっき、下で学生にナンパされたわ」
「学生? どんな」
「……軽くて、頼りなさそうで、頭も悪そうな人」
たぶん……俺のことだ。そっか。彼女の目にはそんな風に映ったってわけだ。
今までの人生で、女の人からそんな風に評価されたのは初めてのこと。
俺は急につまらない気持ちになって、その場から離れようとした。でも――
「美也は素敵な女性だから、きっとそうやって、新しい人がすぐ見つかるよね?」
教授の放った一言が、俺の足をぴたりと止める。
「何よそれ……新しい人って」
「来年の春……四国に転勤することが決まったんだ。美也も仕事が忙しいし、きっと寂しい思いをさせてしまうから……」
「まさか、別れるって言うの?」
「……僕は自分の仕事に没頭したら周りが見えなくなる。このまま美也と付き合い続けても、きみに辛い思いをさせるだけ――」
「勝手なこと言わないでよ!」