ゆとり社長を教育せよ。
「俺、自分の秘書は高梨美也さんがいい」
会長である父親と、それから専務である従兄、加地弘文(ひろふみ)を前にして、俺はそう頼んでみた。
当時高梨さんは専務付きの秘書だったから、この二人に頼めば間違いないと踏んで。
「充。彼女は有能だが、今は年度の変わったばかりの大事な時期。お前のわがままで秘書を替えるわけにはいかない」
そう言ったのは父だ。
自分でも不純な動機というのは重々承知だけど、彼女の側なら不本意な仕事でも頑張れそうな気がするのだ。
「じゃあ、会社が暇になる時期まで待つよ」
「お前なぁ……」
弘文兄さんも呆れた顔をしていて、俺はもうこの二人に頼んでも無駄だと思った。
だったら自分で何とかしよう。
そうだな……他の秘書が、“俺の秘書なんてしたくない”と思うように仕向けるのはどうだろう。
――そんな思い付きから出来上がったのが、“ゆとり社長”だった。
もちろん最低限の仕事はちゃんとやるし、無断欠勤とかまではしないけど、それ以外は消極的な振りをして、秘書たちをわざと苛つかせるような行動を取った。
それに俺の歳がたまたま“ゆとり世代”に当たるということも味方して、彼女たちは俺を“ゆとり社長”や“ゆとり王子”と呼んで、次々にギブアップしていった。
「――おはようございます、社長」
ようやく高梨さんが俺の秘書として社長室に来てくれたとき、久しぶりに向けられたキツめの視線にぞくりとした。
そして、相当俺を馬鹿にしているんだろうとわかる仕草と表情でコーヒーを入れる彼女の横顔に、俺はこう語りかけていた。
あの時見せてくれたあなたの“ギャップ”。
これからたっぷり見せて下さいね――と。