ゆとり社長を教育せよ。
場所を応接室に移して、相変わらずご機嫌ななめの社長と高柳さんが向き合っていた。
「キス……?」
「フリですよ、フリ。実際にはしません」
部屋の隅に立って二人の話を聞いている私も、高柳さんがここへ来た理由を知って、内心穏やかじゃなかった。
「撮影は別日にできないんですか?」
「こう見えて、俺も忙しいので」
「ココへ来る時間はあるのに、ですか?」
お互いにジャブを打ち合うような、攻撃的な会話。
どちらかというと、私は社長の味方だ。
だって二人が言い合っているのは、私自身のことだから……
「……社長さん。俺、もう現場のスタッフみんなに言ってしまったんです。
“代わりの女優に心当たりがあるから、今から連れてきます”――って」
「うちの高梨は女優じゃ……!」
社長が声を荒げた瞬間に、応接室の扉がノックされた。
その向こうから聞こえてきたのは、佐和子さんの声だ。
「社長、時間を過ぎておりますが」
時間……あ、そういえば、会議――!
腕時計を見て焦る私とは対照的に、社長は深くため息をついてからこう言った。
「……わかりました。高梨をお貸しします」
「え、ちょっと社長……っ」
「ありがとうございます。終わったらきちんとお返ししますので」
二人とも、貸すとか返すとか、私を物みたいに言わないでよ……って、そんなことより。
私、もしかして本当にCM撮影に……?
「緊張する必要はありません。あなたの顔は出ませんし、俺に全部任せてくれればいいだけですから」
いつの間にか目の前に立っていた高柳さんの俳優オーラに圧倒されて、私は「はぁ」と間の抜けた返事しかできない。
社長はそんな私を一瞥すると、何故だかそっけない態度で応接室を出て行った。