ゆとり社長を教育せよ。


「あの、さっきから何をおっしゃってるんですか?」

「あ、すいません。時間がないんでしたね。さ、行きましょう、スタジオ」


ないんでしたね、って。元はと言えばあなたが急かしたんじゃない。

なのに全然急ぐ様子もなく部屋を出た高柳さんにとりあえずついて歩きながら、私は自分の置かれた状況を確認する。


「あの、私は結局何をすれば……」

「俺の恋人役。で、部屋でいちゃいちゃしてるシーンを撮ります。
具体的には、合コンとかでやるポッキーゲームあるじゃないですか。あれを、俺とあなたでやるわけです。
もちろん使うのはポッキーじゃなくて“半熟カカオキッス”ですけど」

「――――え」


ちょ、ちょっと待って! それって、かなり恥ずかしい画のような……!

廊下の真ん中で足を止めた私を、高柳さんはイベントでファンに向けていたような爽やかスマイルで振り返る。


「もし、事故で唇がぶつかっちゃったらゴメンなさい」

「あ、謝って済む問題じゃ――!」

「……そうですね。じゃ、その時は謝らずに責任を取ることにします」


だーめーだー。ゆとり世代との会話にはやっぱりついていけない。

責任取るって何よ? お嫁にもらってくれるわけ?

あなたがいくら売れっ子俳優だとしても、こっちにも選ぶ権利ってものが……!


「怖い顔してないで早く。こっちです」


立ち止まったままの私の手を、高柳さんがぐいっと引っ張る。


「ちょ、ちょっと、私はまだやるとは……!」

「社長さんから許可出たじゃないですか」


あぁぁ、そうだ。社長ってば私のことを“貸す”とか偉そうなこと(実際偉いんだけど)言ってた。

もしも本当に“事故”が起きてしまったら、社長のこと恨んでやる……!


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