調導師 ~眠りし龍の嘆き~
「っ!!ヤメロッーっ!!」

振り下ろされる赤い光り。

悲鳴さえ霞むほどの制止の声。

倒れていく身体がゆっくりと見える。

見開いた目には信じがたい光景。

信じたくない。

やっと会えた。

愛している。

大切なんだ。

どうして。

様々な想い。

人はこんなにも一気に多くの想いを吐き出せるのか。

瞬きをすることが難しい。

呼吸がやけにゆっくりと響く。

「っ奈津絵ぇぇぇっ!!」

駆け寄る。

抱き起こす。

まだ温かい。

「っ…あ…なた……」

かろうじて開けた濡れた瞳。

言葉を発することさえ難しそうに脆鳴する。

「っ……奈津絵…っ」

なぜこうなった。

なぜこんなことに。

妻が何をした。

どうしてこんなことに。

疑問しか浮かばない。

突然、身なりを整えられて連れてこられた。

地下牢から出されてここに。

居並ぶのは一族の重鎮達。

刀を握るのは父だ。

当代の当主だと。

一族の人間として生きろといわれた。

ここで生きろと。

今の生活を捨ててここに戻れと。


ふざけるな。

とうに一族から抜けた。

愛する妻がいる。

愛しい息子がいる。

一族と家族。

天秤にかける意味もない。

迷わず家族を取る。

当たり前だ。

何も与えてはくれない一族。

大切な存在を奪う場所。

そんな所に未練はない。

今後一切関わらずに生きていく。


そう答えを出した時、妻が連れられてきた。

突き飛ばされるようにこの場所に。

駆け寄る間もなかった。

抱き締められなかった。

そして……。


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