調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜心染まる時〜‡

「そういえば私達、まだちゃんと名乗ってなかったね」

家までの道をゆっくりと隣り合って歩きながら、今更のようにふっと思う。

「夜月美南都です。
高階秦さん。
これからもよろしく」
「よろしく」

向かい合って握手をするのが、とても奇妙な感じだ。

「不思議だ…こうして成長した実南都にもう一度出会えたことが…」
「うん…」

照れ臭くて、秦の数歩前を歩く。
背中に秦の視線を感じるのがくすぐったい。

「…もう二度と会うことはないと思っていた。
一瞬だけ、外に向かって歩いていく姿を見た…こんなに近くで、こうして話しができるなんて考えられなかった」

振り返る事もせず、背中で秦の言葉を受け止める。
子どもの時と同じ…扉を背にその向こう側で話す秦の言葉を静かに聴いていた。
ふいに手首を掴まれ、身体ごと後ろに引かれる。
背中が秦に触れる。
密着した形で固まってしまった身体は、秦の温もりを自然に感じている。

「すまなかった…。
消えない傷を付けてしまった…許して欲しいとは言わない…。
だから、守らせて欲しい…せめてもの償いに…。
あの頃とは違うから…。
阻む扉はない。
会うのに夜を待つこともない。
いつでも、どこにでも行ける。
こうして触れ合うことも出来る…何にも阻むことはできない。
……愛している…」
「っ…」

心臓が不自然に一度はねた。
息が詰まる。
次いで鼓動は早鐘を打つ。
握られた手首が痛い。
触れ合う背中が熱い。
どうにもできないもどかしさ。
切ない気持ちが胸一杯に広がる…。
『愛している』なんて言われた事がないからではない。
その言葉が持つ力だ。

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