調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜愛する人〜‡

翌日、どんよりと曇った空とは裏腹に、今までになく心は澄み切っていた。
愛する人が存在する世界は、それを自覚する前とは全く違った輝きに満ちている。

「美南、何か良いことあった?」
「何で?」
「う~ん。
何か違うように思う~」
「気のせいじゃない?」

そらとぼけて見せ、帰り支度を整える。

「さっきから何見てるの~さくら?」
「うん?
ものすっごくカッコ良さげな男が、正門で女子たちにカモられてるなと思って」
「えっうそっ見たいっ」

つられて何気なく窓の外に目を向けると、群れている女生徒達が見える。
その中心には黒いコートの男性。

「っ秦?!」

カバンを引っつかみ、慌てて廊下を駆ける。
靴を履くのももどかしく、一目散に桃色の雰囲気漂う群れの中に突っ込む。

「秦っ」
「美南都っ」

秦は素早くこちらに手を伸ばし、力強く掴んで走り出す。
後ろからは、容赦のない野次が飛ぶが、そんなのにはかまっていられない。
引っ張られるように家までの道を半分過ぎた頃、ようやく速度を緩めた。

「っはぁ…はぁっ……」

息を整えながら、歩きをとめることなく進む。

「何でっ…学校に…?」
「っああ。
永久先生が…雨が降るといけないから、傘でも持っていってやれって言うから…」
「ありがとっ……勇気あるね…」
「…初めてこんなことした…あんなことになるとは思わなかった…」

恥かしそうに話す秦に、思わず笑いが込み上げてくる。

「笑うなよっ…」
「いいじゃん。
でも、びっくりした」
「……」
「どうしたの?
怒った?」
「いや、初めてだなと改めて思って…あんなふうに俺と話をしようと寄ってくるような人は、宝堂にはいなかったから…。
異端児だと裏でこそこそ後ろ指を指されることはあったんだが…」
「…異端…」



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