調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜在るべき姿〜‡

「一族が担う役目を理解していますか?
受け継がれる力が何の為にあるのか忘れていませんか?
力は確かに大切で尊いもの。
けれど、それだけに固執してはいけないはず。
それに……」

歴史書を思い出す。
大切な事。
書かれてあった。
最初の冒頭。
一族の心得。

「『意志が残れば、力は失われない。
調導の力は、本来誰もが持っていた力。
忘れるな。
忘れなければ、受け継がれて行く。
耳を塞がなければ聴こえるはず。
意志を受け継げ』
これは、一族に伝わる歴史書の冒頭に書かれていた言葉です」

驚くように目を見張る者。
目を閉じて心で受け止める者。
静かに涙を流す者。
様々な想いで受け止める。

「少しずつ正していきましょう。
ズレてきてしまった事。
正していきましょう」

怒りの心はもうない。
静かに諭す事ができる。
言葉にした事を、自身でも確認する。
そして想う。
これまでの一族の歩んできた歴史。
そこに存在した人々。
当たり前の事が当たり前ではなくなってしまった一族。
人を殺す事さえも、大義の前では善になる。
一族全員が認めてしまえば、それが誤りであっても正しくなる。
閉鎖された空間。
悪が善。
善が悪になる世界。
正常であっても、その他大勢が狂っていれば、自分が狂ってしまっていると思い込んでしまう。
ここには、凝縮された世界の姿がある。
本当は誰だって分からない。
何が正しく。
何が間違いなのか。
けれど、悲しむ人が存在するような事はやってはいけない。
悲しみを自ら生んではいけない。
それが、この世界のルールのはずだ。




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