調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜聞こえるモノ〜‡

中学に上がってすぐ、中学生でも働ける店を探した。
祖父母に養ってもらっているという立場、少しでも生活の足しになればと思ったからだ。
見つけた店は、学校から歩いて15分くらいの商店の集まる通称『商路』と呼ばれる界隈にある。
古美術品がところ狭しと並んだ、”皐月”と言う老婦人の営む店だ。
定休日の月曜日と木曜日以外は、学校が終わるとそのまま、店に持ち込んだ服に着替えてエプロンをつける。

「今日もお願いね。
美南都ちゃん」
「はい」

働き初めて丸五年。
少し前からこの店では、おかしな現象が続いている。

《…たい……もう…える》

「…???」

《…いたい…もうすぐ…》

いつも通り皐月さんは平然としている。
どうやら、やはり自分一人にしかこの声のようなものは聞こえないようだ。

《…る……もうすぐ…》

”声のようなもの”と言うのは、はっきりと声として聞こえるわけではないからだ。
”響く音”それも、聴覚にではなく、頭に直接響くのだ。
最初は気持ち悪い気がした。
当然だ。
”頭に直接響く”なんて、普通ありえない。
だが、そう表現するしかない感覚に、一種のおかしな確信をもった。
しだいにはっきりとしてくる言葉。
人間、一月近く同じ事が起これば慣れるものだ。
理解できない現象も、適当にこじつけて自分を納得させにかかる。
だから今日の私も慣れたもので、声の感じる物を探ってみる。
不自然にならないように意識を集中させる。
それは一抱えほどの大きさの桔梗の柄が美しい花瓶だった。
先日買い取って値札を付けたばかりの品物だ。

「これか…」

《来るよ もうすぐ 会える》

ふっと花瓶に触れた瞬間、はっきりと頭に響く言葉が聞こえた。



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