調導師 ~眠りし龍の嘆き~
『できれば、医者になりたい。
そんで、兄さんの身体を治す』

嬉しそうに。

けれど苦笑するように。

『ありがとう』

そう答える兄の顔を不思議に思った。

兄は分かっていたのだ。

医療ではどうにもならない事を…。

『私が死んだら、お前は外に出なさい。
一族の血を守る為の道具にされないように』
『兄さんは死なない。
ずっと一緒にいるんだっ」
『はは。
嬉しいけど、そうも言っていられない。
今すぐじゃないよ。
その時が来たら、好きにしなさい』

優しい人だ。

俺にとっての父親は兄だった。

「死ぬわけない。
兄さんが死ぬなんて…」

認めたくない。

けれど、兄の身体は衰弱し、明日をも知れない。

一族では力を珍重する。

けれど、憎まずにはいられない。

力は兄の命を蝕む。

父や一族の者達は、力の代わりがいれば良いのだ。

兄が死んだとしても、他に力を持った者が存在すれば良い。

新しく生まれる者が力を持っていればそれでいいのだ。

けれど俺は違う。

兄の代わりなんて存在しない。

たくさん勉強をした。

兄の身体を少しでも楽にさせてやりたくて。

医者になる。

それだけが目標となった。



翌日、父に呼び出された。

「お前に良い縁談がきている。
東の屋敷。
傘の間においでだ。
着替えて行ってきなさい」

有無を言わさぬものがあった。

心は動かない。

縁談がいくらあったとして、相手は所詮一族の人間だ。

愛なんて生まれるはずもない。

兄以外に心を動かせられる人など存在しないのだ。

傘の間で待っていたのは、当主の娘だった。

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