調導師 ~眠りし龍の嘆き~
笑いが込み上げてくる。

手にあるのは、形見のお守りと遺骨のみ。

お金もない。

売れる物なんて何もない。

何より、何の障害もなくあっさりと抜け出せた事に驚く。

こんなにも身軽で、清清しい気持ちが初めてだ。

どこまでも歩く。

一族に見つからないように…。

どこまで行けるだろう。

どこまでも歩いていこう。

いつのまにか乾いた涙に気づき苦笑する。

兄への想いを失くすことなんてありえない。

そうか…これが、兄の言った事か。

『想いは共に…』

忘れない。

忘れられない。

兄への想いが消えない。

この先一生だ。

「兄さん。
これが外だよ。
出られた。
嬉しいね」

《そうだね》

兄の声が聞こえたような気がした。

ずっと布団から抜け出す事ができなかった兄。

俺よりも、ずっと自由のない世界。

部屋に持ち込まれた幾つもの本だけが、唯一兄の世界を広げていた。

「どこまでも行こう。
一緒に…」

《ああ。
お前と一緒なら…》

どこまでも。

一族の手の届かない所まで。

二人で生きられる場所へ…。
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