調導師 ~眠りし龍の嘆き~
‡〜導く事〜‡

「こんにちは」

涼やかな声に意識を突然引き戻され、入店した客を振り返り、慌てて花瓶から手を離した。

「いらっしゃいませ。
何をお探しでしょうか」

《会えたっ 来てくれたっ》

さきほどより響く言葉が感じられる。
血が騒ぐような感覚。
一瞬血の気が下がり慌てる。
自分に今、何が起こっているのか分からない。
こんなに鮮明に響く声を聴いたのは初めてで、胸がざわつく。

「お皿か、壷なんかないでしょうか?」
「はっはいっございますっ」

少しここから離れよう。
落ち着かない胸を押さえながら、必死で平静を装う。
少し離れた陶器の物を並べた棚へ客を案内する。
ふっとお客を見れば、とても上品そうな婦人で、藤色の着物が良く似合っていた。

「お座敷だとこちらのものが、洋間ですと、こちらの物などお勧めです」
「素敵ねぇ。
お座敷用に一つ欲しいの」

《こっちに お願いっ 来てっ》

離れてもなお響く言葉は、切ないような叫びで、心臓を鷲掴みするような痛みを伴う。

「あのっ。
花瓶なんていかがでしょうかっ」
「ありますの?」
「ええ。
まだ店に出していないのですが…」
「見せてくださる?」
「っはいっ」

《お願いっ》

バクバクと早鐘を打つ心臓を不快に思いながらも、声のする桔梗の花瓶を恐る恐る抱え、婦人の前へ持っていく。

「まぁ。
素晴らしいわっ。
これっこれっいただくわっ」
「えっ。
あっはいっ」

一目見ただけの婦人は、興奮気味に買うと言う。
一瞬呆気に取られるほどの反応だった。

「ありがとうございました」

この店では少しお高めの金額をあっさり払い、包むのももどかしく、いそいそと車へと積み込んで帰っていった。

《ありがとう…》

最後に聞こえた花瓶の言葉は、やさしい笑顔が浮かぶような満足そうな響きだった。


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