調導師 ~眠りし龍の嘆き~
愛している。

死んでしまっても、心には強く残っている。

大きな存在。

兄の存在自体が俺の原動力だった。

「…っ」

あふれ出ようとする涙をこらえる。

悲しみが胸を埋め尽くす。

「泣いていいのよ。
悲しい時は泣かなきゃ。
涙は心に積もった悲しみなんだよ。
溜め込むと、はちきれちゃう。
泣いていいのよ…」
「うぅぅっ…っ」

優しい言葉は、こらえた涙を流させるのに充分だった。




泣いて。
泣いて。
泣いて。




ようやく疲れて眠くなったのは朝日が昇る頃だった。

横になったソファは、大きくて安心して眠れた。

目が覚めたのは夕方の三時を過ぎる頃。

「大丈夫?」
「ああ。
……すまなかった…みっともない……」
「馬鹿ね。
男の人って本当に不器用なんだから。
だからオヤジになってからハゲるのよ。
お兄さんも、ハゲたくなかったから、ちゃんと心のバランスとりなさいよ」
「……」

反射的に頭を触ってしまった自分が悲しい。

おもしろい子だ。

素性の知れない男を家に上げ、そうとは知らず癒してくれる。

「コーヒー。
ブラックでいい?」
「?ああ。
ありがとう」

向かいの椅子に腰掛け、冷たいコーヒーを飲む。

「…?
何か?」

じっと見てくる彼女の視線が気になって、問いかける。

「うん。
顔色良くなったね。
昨日もお腹空いてたし、大丈夫そうだなと思って」
「……?」
「お腹が空いて、食べられるってのが生きるって事だからね。
精神的にいっぱいいっぱいの人は、お腹空かないの。
ってか感じないんだよ。
別に、一ヶ月くらい何も食べなくても死なないけど、空腹を感じないってのは良くないんだ。
身体が死を望んでるってことだから」
「っ……」

死ねればいいと思った。

兄のいない世界に何の未練もない。
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