調導師 ~眠りし龍の嘆き~
大学に通うようになって、必然とすれ違う事が多くなった。

実習や研究などで、ほとんど家に帰ることができない生活。

けれど、ほんの少し時間ができると、疲れを癒すように彼女と家でのんびりと過ごす。

忙しいなりに、しっかりと心を休める時間を作る。

彼女は、今や無くてはならない存在となっていた。

「今度はいつ帰ってこれる?」
「三日後かな。
その後はわからないけど」
「そう。
無理しないようにね」
「ああ。
お前も風邪なんかひくなよ」




何年もそんな生活を繰り返し、ようやく医者として働き出した頃。

兄を想うことが少なくなった自分に気が付いた。

忙しい日々が多かった。

けれど、兄を想い勉強した。

いつからだろう。

何日も兄を思い出さない日が続いた。

薄れていく記憶。

遠くなった声。

焦る自分がいる。

戸惑う想い。

「そう言えばお墓参りに久しく行ってないね」

そんな想いを話すと、彼女が思い出したように言う。

「でも、良い事なんじゃないかな?
ずっと想い続けても、お兄さんは喜ばないのよ」
「だが…」
「小さい頃ね。
お母さんが話してくれた。
死んだ人を想う事は大切。
けど、想いが遠くなったら、それはその人の中に死んだ人の存在が溶け込んだからだって」
「……」
「ふっと思い出すだけになったら、それは共にあるからだって。
想うのは、別の存在に対して。
思い出すのは、その人の一部になったものに対して。
だから、思い出したら、それはもう一部になったからだよって」

兄の存在が、違う存在として輝き出す。

想いは共に…。

そうだ。

言っていたではないか。

共にあるのだと。

やっと一部になる事ができたのか。

「…俺の中で生きている証なんだな…」
「そうね…」

不思議に思う。

どんな局面に立っても、彼女の言葉はそれを乗り越える為の力をくれる。

なぜ、こんな自分と一緒にいてくれるのだろう。

変わらず隣りにいてくれるのだろう。

「奈津絵…」
「何?」
「愛してるよ」
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