調導師 ~眠りし龍の嘆き~
突き飛ばされるように放り込まれた部屋では、多くの人々が集まっていた。

「武……」

聞こえたのは、存在さえ忘れかけていた母の声。

「なぜ、黙って逃げ出した」

今更のように淡々と問いかけてきたのは父の声。

「逃げ出した?
ははっ。
違うっ。
俺は一族を捨てたんだっ。
兄さんが旅立って、外に出られなかった兄さんの為にもいっそ一緒に外に行こうと」
「ふざけるなっ!!」
「っいっつう…っ」
「あなたっ」

非難する母の声。

投げ飛ばされる程酷くはられた頬。

衝撃で口の中が切れた。

気持ち悪いほどの血が出ているのが分かる。

「お前はっ。
一族の人間として、ここで死んでいくんだっ」
「嫌だっ。
こんな、人の命さえ虫けらのように扱う一族っ。
俺は道具じゃないっ!!」

どれだけ叫んでも、怒りが収まらない。

「返せっ!!
奈津絵はどこだっ。
藤武はっ!!」
「頭を冷やせっ。
おいっ。
地下牢へ入れておけっ」

ここへ連れてきた男達が身体を固定する。

「っ離せっ!!」

許せない。

全てを無理やり奪われた。

許しはしない。

必ず復讐を。


放り込まれた牢で想う。

妻はどこだ。

息子はどこだ。

今どうしている。

怒りはまだ燻っている。

この怒りが無くなってしまうのが恐い。

変わりに悲しみが溢れる。

家族三人の幸せな時間。

もっと長く続くはずだった幸福な日々。

完全に忘れていた。

時が失念させるほど経っていた。

「だせ……出してくれ…っ」

気が遠くなる。

もう今日が何日で、いったい何時なのかも分からない。

長い時間。

おかしくなってしまう。

気が狂う。

頼むから出してくれ。

それしかもう言える言葉がない。

入った初めは、罵詈雑言吐いた。

声が涸れるほど叫んだのは初めてだった。

体力もどんどん落ちているのが分かる。

健康が損なわれていくのが分かる。

忌々しい身体。


カチャカチャ。


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