調導師 ~眠りし龍の嘆き~
鍵を開ける音だ。

また食事を持ってきたのだろう。

抵抗するのも馬鹿馬鹿しい。

鬱陶しそうに、背を向けて座る。

「お父様…」

最初、何を言われたのか分からなかった。

勢い良く振り返る。

「っあっ愛理か…?」
「そうです。
お父様……」

十五を過ぎた姿は美しく、牢の前にあっても損なわれない凛と澄んだ気を発している。

「…大きくなったな…綺麗になった…」
「ふふっ。
もう十六になります。
子どももおりますわ…。
一族を愛さなくても、夫を愛さなくても我が子は可愛い。
不思議ですわね…」

かつての自分と同じ考えを口にする娘に驚く。

「必ず助け出してみせます。
お父様には外が…自由が似合う」
「愛理……」

聡明な子に育った。

おかしい事をおかしいと思える子に育ってくれた。

それだけが救いだ。

涙が流れる。

嬉しい。

愛しい。

すでに忘れ去っていた子どもが会いに来てくれた。

自分のことを分かってくれる理解者が娘であること。

誇りに思う。

「憎くはないのか?
俺は、お前を置いて出て行ってしまったんだぞ」
「物心ついて、最初は憎みましたわ。
なぜ、こんな一族にわたくしを一人置いていったのかと…」

憎かっただろう。

辛かっただろう。

あの時は、自分の事だけで精一杯だった。

一族の娘だと言うだけで疎ましく思った。

自分の娘なのに…。

「けれど、思い出すお父様は優しくて、いつだって正しかった。
それに、あの日笛を置いていかれたでしょ?
最初にお父様のお部屋に行ったのはわたくしでした。
だから、その笛を見つけることができました」

そうだ。

あの日、悲しみに暮れて笛を吹いた。

葬送の曲を。

そして、兄の遺骨のあった場所に置いてきた。

「わたくしが、その日から大切に保管しておりました。
だって、お父様の大切な物でしたもの。
他の誰にも触らせませんでした」

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