私んちの婚約者
透也が苦々しく説明を始めた。


「愁也が産まれたとき、うちの母が怒り狂ってな。危害を加えられるかもと、愁也の母は子供を連れて姿を消したんだ。
ところが父が今頃になって愁也を見つけて、後継者に指名したいと言い出した。今や神前家はお家騒動で大騒ぎなんだ」

それはまた、勝手な。

「お金持ちは独りよがりの集団ね」

「それは偏見だろ」

「うるせーすねかじり男。略してスネ男」

「止めて!心底止めて下さい!」

チョロいな、スネ男。

「だからといってどうして私を誘拐すんの。愁也に神前家を継いで欲しくないから、言うこと聞かせるための人質?愁也の意志も聞かずに」

え、と透也が私を見る。

「神前グループの御曹司だぞ。継ぎたくないなんてことあるか?」

この、おぼっちゃんめ。ムカッとくるわあ。

「何でもかんでも自分の物差しで計るなってことよ。グラム1000円の高級肉より、98円のお買い得品が好きな人だっているの」

透也はひどく衝撃を受けたようだった。

「98円て、そんなのこの世に存在するのか?」

……そっちかよ。この苦労知らず!!100円まっくとか知らないんじゃないの、この人。

「98円も88円も78円もありますがそれが何か!?私はタイムサービス大好きだもん!!!」

「で、愁也もそうだと?」

「知るか馬鹿。自分で聞け、スネ男」

それを聞いた透也はまたガックリした。
馬鹿だなあ、この人。せっかく愁也と同じ顔なのに、もったいなーい。

「聞こえてるぞ、そこのムカつく女……!」

「フンだ」


私はこてん、とベッドに横になる。薬がまだ体に残ってるんだ。


「やっと、会えたのに」

愁也。

指に光る、エンゲージリングを眺めて。
彼を想う。


「ずっと会いたかったのに。……また離れちゃった」

どうにも私、歯止めが効かない。
ひどく弱々しく聞こえた自分の声に驚いて。

ポロリと、涙が零れた。


「愁也ぁ……」


ただ彼の名前を呼んで、泣く私を。

透也が不思議な表情で見つめていた。
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