私んちの婚約者
真意、婚約者
side愁也

いくつかある蓮也の私邸のうちの一つだという屋敷で、俺は社長就任の準備をしていた。
日々挨拶まわりだの、御披露目パーティーだの面倒くさい。
期間限定の操り人形に、どこまでやらせる気なのか知らないが、神前会長の意向なら蓮也も逆らえないらしい。全く面倒だ。

あてがわれた自室に向かうと、部屋の中に待つ女が居た。

「何してるんですか」

確か、親戚のご令嬢だったはず。
つい最近、蓮也に山ほど引き合わされたうちの一人。

「私、愁也さんの婚約者候補なんですのよ、ご存知でした?」

にこりと向けられた笑顔の中に潜む媚びに、ウンザリする。

はいはい、存じ上げてますよ?蓮也の道具のひとつ。

「もっと良く、私を知って頂きたいわ」

「蓮也の差し金ですか」

くだらない。
こんな女で、梓の代わりをあてがったつもりか。

「そんな。私の希望です」

俺にすり寄ってきた女の腰を掴んで、引き寄せた。
俺を見上げた女が、勝ち誇ったような顔をする。

たっぷり数秒、上から下まで眺めて焦らしてやってから。

「……はっ。アンタじゃ勃たねぇよ」

紳士面すら出来ずに、俺は吐き捨てた。
女の顔色がみるみる変わる。
俺を突き飛ばして、部屋を走り出て行った。

ふざけやがって。
誰も梓の代わりなんかできない。

ソファに倒れ込むように座って、手の甲で目を覆う。

梓の声が聞きたい……。


「お前何やってるんだ」


あ、聞きたくない声ナンバー2。
(もちろんナンバー1は蓮也)


見れば透也が、部屋に遠慮なくズカズカと入って来たところだった。
透也は俺の顔を見て、怒りを滲ませて言う。


「梓はずっと泣いてる。
お前の名前を呼んで」


息を呑むのに失敗して、ヒュ、と喉が鳴った。


梓。


彼女の姿を思い出して、心臓がギリ、と痛む。
< 126 / 274 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop