私んちの婚約者
その夜、とうとう愁也は帰ってこなかった――。



「うぅ、朝日がまぶしーぜ……」

一睡もできなかったせいか、苛々するほど燦々と差し込む光にめまいがする。
朝一で父から気遣わしげに電話が入って、昨夜は父が借りているイタリアの家に、愁也を泊めたことを聞いた。

彼女の家に行ったんじゃなかったことに、ひどくほっとしながらも。

『ねぇ梓ちゃん、まさか破局の危機なんてことは……』

そこまで聞いて、

「ぎゃああああっ!!」

ガッチャン、と叩き付けるように電話を切った。

悪い、父。今の私にはシャレになんないの――!!

私が一方的に腹を立てたり、愁也が不機嫌になることはあっても、本気で喧嘩したのは初めてだ。
もちろん、昨夜のは私が悪い。
……のはわかってんだけど、『エリカ』のことを考えたら、どうしても素直になれない。

「ちゃんと聞くつもりだったのになあ」

うう、自分の短気っぷりが悲しいよぉ。
バタンとベッドに突っ伏したならば、ちょうど私の携帯が鳴った。

この、番号は……。

「はいはぁ~い……梓ちゃんはただいま絶賛落ち込み中でございます……」

『Buongiorno.アズサ。今日もデートしない?』

ぐだぐだの声で出てやれば、差し込む太陽よりウザい、イタリア男。レオの軽快な声が聴こえてきた。

「あんたは仕事をしなさいよ」

まだ勤務時間中だろが。
マリアの父がイタリア支社開発部長なら、兄のこいつも部長令息のはず。
昨日もサボったしさあ。いつ仕事してんの?

呆れて言えば、レオが電話の向こうで笑った。

『元気ないね、シューヤと喧嘩でもした?』

元はといえば、あんたが尾行なんて言い出さなければ……!
いやせめておいしいご飯で私を釣ったりしなければ……!
最終的には酒さえ呑ませなければ……!

あ、だんだんレオが諸悪の根源って気がしてきたぞ。

今なら地中海までぶっ飛ばしてやれそう。
レオの声が妙に嬉しそうなのがまた一段と怒りを誘う。

『あ~あ、喧嘩したんだ』

せめてコイツが日本語を話せなければ……!


「ああ、したともさ!ノン、ミ、テレーフォニ ピュ(二度と電話すんな)!!」

おお、初めて役立った、食事以外のイタリア語。
ブチッと電話を切って、ついでに携帯の電源も切って、ベッドに放り投げる。


「愁也の馬鹿」


……私の馬鹿。
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