私んちの婚約者

「天野チーフ、おはようございます。

ーーああ、そちらが」


父の会社に着くと、フロアの入り口で一人の男性社員が私達のところに近寄ってきて、私に挨拶をした。
明らかに愁也よりも年上なんだけど、彼の部下らしい。


「お久しぶりです、梓お嬢様。覚えておいでですか?神谷です」

落ち着いた口調と、人当たりの良さそうな笑顔。何となく見覚えがある、その顔。

「私が子供の頃、何度かうちにいらっしゃいましたよね」

確か父の腹心の一人で、新入社員で入った頃からずっと父を支えてくれている社員さんだ。昔は父もそれほど忙しくなくて、家に社員を招いて夕食を振る舞ったりしていたっけ。

記憶を探りつつ言えば、神谷さんは嬉しそうに笑う。

「はい。お綺麗になられましたね」


紳士!紳士がここにいるわ!
ほら見なさい!


思わずニコニコと笑顔のまま愁也を見上げたら、彼は呆れたように私を見て、ボソッと言う。


「社交辞令」


そんなんわかってるわ!


愁也を睨みつけると、彼は私の腕を引いて、オフィスの中に入る。
そのままくるりと回れ右。


「はい、見学。
はい、終了」


はあ!?


「なにそれ。全然わかんないんだけど」

「だって仕事の邪魔だし。帰ってていいよ」


なんだとぉ!?


感情の読み取れない無表情な愁也の、でも何だか不機嫌オーラがにじみ出ているような気がして、私は思わずたじろぐ。

さっきの車での雰囲気と全然違う。あの時間なんだったんだ、返せ。


確かに邪魔かもしれないけど!
そこまで邪険にすることないじゃないか!
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