私んちの婚約者
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急いで向かった研究室には、講義中なのか教授と私しか居なかった。
いつも何人かつけてるはずの助手も居ないなんて珍しい。


「ほら、大丈夫ですよね?」

私は提出した論文を読み進む教授の顔色を窺う。

「……ん、よく書けてる。お前やればできるクセに何かと大ざっぱなんだよ」

む……返す言葉もありません。

「じゃあ卒業ですよね?ね?ね?」

教授の顔を覗き込んで言えば、彼は何故か顔を逸らす。

「そうだな」

やったあ!!
思わずガッツポーズをした私に、教授が口を開いた。


「……お前のダンナ、えらくイイ男だな」

「ほぇ?あげませんよ?」

「ばっか!そんな趣味はねぇよ!!」

教授は青い顔で慌てて否定する。
ああなんだ、良かった。
思わず妙な妄想しかけたじゃん。

「学生結婚なんて生意気なマネしやがって」

ふと気付くと教授はこちらへ近付いてきていて、私は彼の影に入るほど傍に居た。

「きょーじゅ?」


その距離に愁也の警戒っぷりを思い出す。

「お前には前から目ぇつけてたのになー」

教授が私を囲い込むように両側からデスクに腕をついた。
え~っと、この状況は?

「何だかセクハラっぽいこと考えてませんよね?私にはあのイイ男の夫が居ますけど」

「人妻って萌える響きだよな~……」

はあ!?
やべ、変態がここにもう一匹だ!!

考えるより先に、自衛手段。
今にも私をデスクに押し倒そうとしてる教授のスネを、思い切り蹴り飛ばした。
がっつんっ!とイイ音がする。

「いってぇえぇっ!」

「海外暮らしをナメんなですよ、教授」

護身術のたぐいは散々、愁也とカイ兄に仕込まれたんだ。


「私に手を出すと、世にも恐ろしいブラック魔王が降臨しますからね?」

私的にはそっちの方が怖い。

「たかみやぁ……」

「天野梓です!悪しからずっ!!」

恨めしげな声をあげて未だにスネを押さえる教授を置いて、私は研究室をあとにした。


……私は変態を寄せ付けるフェロモンでも出てるのかしら?
愁也の言ったとおりになっちゃったじゃないか!!
私はどうやって愁也を誤魔化そうかで頭いっぱいになったのだった……。
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