私んちの婚約者
あれよあれよという間に、本当に父は海外に行ってしまって。
週末には愁也がうちに引っ越してきた。

父が稼ぎ始めたころに浮かれて建てたこの一軒家は、確かに私一人で住むにはちょっと広めかもしれない。
そうか、下宿だと思えば良いんだな、なんて意気込んでいた私に、愁也はとびきりの笑顔で。


「今日から、よろしく」

「メッチャ棒読みなんですけど!!」


なんなんだこのイケメンは。


片付けの合間に、私はこっそり彼を眺める。


しかし外見はホントにイケてるな。

サラサラの黒髪に、涼しげな目元。
すっと通った鼻筋。
皮肉気な口元。

ちらり、と流し目で人を見るのは癖なのか、なんだか男性のくせに色っぽい。く、羨ましくなんて無いやい。


……おっと、いかんいかん。
いくらイケメンでも、ダメよ。
見た目で失敗するのは、夜中のダイエット通販機器でもう懲りた。もう失敗なんてしない……はずだ。

しかし本当に良い男だなあ。


綺麗なものは見てるだけで楽しいよね、うん。
例え中身がどんなんでも。


私の視線に気付いたのか、彼はふと顔を上げてこっちを見た。


「何見てんだよ、梓」


こ、このふてぶてしささえ無ければっ……!


「色仕掛けで、繋ぎ留めてくれるんだろ?」


ん?

なんだか話がおかしな方向に、行ってませんか。


すっかり油断した私は、立ち上がってこっちに寄って来た彼をただぽかんと眺めていたのだけれど。
どんどん近くなる距離と、私の頭に落ちた影。

ふ、と口元を歪めた愁也の、お綺麗な顔が降ってきて。



ーー私の唇に、キスをした。
< 3 / 274 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop