私んちの婚約者
そしてあの、夜。
接待で訪れたダイニングバーで、外で電話をしようと携帯を持って個室を出たら、やたらうるさい学生らしき一団がいた。

気取りすぎないところがいいとリーズナブルなところを選んだのが間違いだったか。でもここの料理は美味いんだよな、なんて思いながらそこを通り過ぎようとして。


「大学生か。
いい気なもんだな」

自分とそれほど変わらないはずなのに、ガキに見えてしまうそいつらの中に、ふと見覚えのある、さらさらボブの頭。


「梓?」


彼女だ。


明らかに酔いが回った、ふにゃふにゃの顔をしている。
その隣に男が座り、梓の肩を抱いていた。


気安く、触るなよ。


ーーただ、そう思って。


「何してんの?」


気がつけば、声を掛けていた。

彼女の肩を抱く男に、射殺すような視線を向けてやれば、そいつが真っ青にひきつった顔で梓から手を放す。当然だ。
仕事中だっていうのに俺は、そのまま梓をその場から連れ出していた。


自分の会社の社長令嬢だ。
同居してるんだから、保護者代理でもあるしな。

自分にそう言い聞かせたところで、俺はめったにこんな世話を焼いたりはしない。
呑む方も呑まれる方も自己責任だろと思うし、最初っから下心が透けてみえるような男の隣で無防備にしてるなんて、危機意識がないにも程がある。


でも何故か、梓は放っておけなかった。


その張本人は、アルコールで潤んだ瞳で俺を見上げて、何故婚約したのかと聞く。


「わたしのことなんて、キライなくせに……」


その言葉が、俺の心にストンと落ちて。
ちょっとした衝撃を与えた。



嫌い?

嫌い……ではないよな。この無防備さには呆れたし、なんだかーームカついたけれど。
迷惑を掛けている自覚があるのか、きちんと謝る彼女には嫌悪は感じない。


だから。



「別に、嫌いじゃないけど」


そう答えていた。


嫌いなら、さすがに婚約まではしない。

ただ、興味が無いだけ。


そう伝えようとして、梓がふわ、と微笑むのを目の当たりにした。


「そか。私も嫌いじゃないよ……」


囁かれた言葉に、ガラにもなくドキン、と心臓が跳ねる。

急に意識する、肩にかかる梓の重みと、やわらかな髪。
指にさらさらと掛かるそれが気持ち良くて、つい撫でてしまっていたと今更気付いた。

見下ろしたその先に、長い睫毛が揺れた。


だから、こいつは黙ってれば本当にーー。


「梓……」

「くー……」


寝んのかよ。
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